魔王、それは魔族の中でも有数の各種族から生まれる圧倒的な力を持つ絶対的な存在であり、今でこそ複数存在する属性の中でも原初の属性――[闇]を操る強大な魔族である。
「跪け、頭が高いぞ雑種ども」
一人の可憐な少女が鈴のような声を低く曇らせ魑魅魍魎の集団に向かって言った。
彼女の名前はプエルラ・テネブリス
かつて魔族の中でも希代の魔術の天才と呼ばれ、魔王の候補となる最上位魔族からも恐れられていたテネブリス家第六五代目魔王。
「ははっ!」
声を聞いた魔族は皆ひれ伏す。
翼の生えた者、鹿の角を生やした者、蛇の様な姿をしたもの、足を八本生やした者、筆舌に尽くしがたい程の醜い怪物、巨大なワニの様な者…その場から半径五十kmはある距離に居た魔族にすらも声が響き即座にひれ伏す。
魔族らが一度に頭を垂れ、ひれ伏すその様はもはや怪物の背中でできた絨毯のようだ。
ここは魔界。 そういった魔族と呼ばれる太古から存在する悪魔や魔獣、アンデッド、吸血鬼や亜竜、亜人だけが存在する裏の世界なのだ。
「今日は非常に機嫌が悪い、何か一つ芸でもしてみせろ」
少女は声高らかに言った。
すると、美形の燕尾服を着た悪魔が側にやってきた。
「では、小腹が空いているのでございましょう。こちらの大トカゲのゆで卵をどうぞ」
プレートに乗った紫色の大きな卵を目の前の少女に差し出す。
おやつで機嫌を取るつもりなのだろう。
しかしその浅はかな考えが、魔王の逆鱗に触れた。
「貴様………喜べ、余の自らの手でこの大衆の場で派手に爆死できるんだからな」
魔王は燕尾服の悪魔に向かって指差し空に掲げると燕尾服の悪魔も指の動きにあわせたかの様に中に浮かんだ。
「っ!? お許しをっ! テネブリス様ッ! 私はただ…………………」
「やかましい、余は芸をしろと言った。小腹は空いてはおらぬ。恥をしれ、これで機嫌を取れると? 貴様風情が? …甚だ図々しいわ、恥を知れ」
冷淡にそう言うと魔王は悪魔の体を空中で大の字に固定し――――――
悪魔の体を爆発させた。
目を塞ぐもの、絶叫を堪える者。震えるものをよそに容赦なく降り注ぐ血の雨、臓物、翼、牙。
それは魔族らに目の前で起こった惨劇を現実として物語らせるのには十分すぎた。
酷い。惨い。残酷。残虐。
そういった言葉は恐らくこの魔王の為にあるのだろうとさえこの場にいた者は思う。
「…………………興冷めだ、おい、誰か道化と小姓を呼べ。でなければ城に串刺しにして大カラスのエサにするぞ」
彼女には側近は居ない。
だが一度声をあげれば他の悪魔は彼女を恐れ彼女の命令を死んでも成功させる。
歴代の中でも、圧倒的な支配力と残虐さを持った魔王の中の暴君。
それが彼女なのだ。
いつからだろう。
姉が狂気に犯されたのは。
昔は、優しかった。
昔は、あんなことしなかった。
昔は、もっとつよかった。
誰からも愛され、慕われ、親しまれ、姉の回りは笑顔が絶えなかったはず。
弟の僕は時々、思う。
僕が城の玄関で俯いていると、姉の姿がこっちに向かってくるのが見えた。
小さい体ながらもマントを靡かせ、外界からの遮光を浴びながら堂々と闊歩するその様はもはや魔王というよりも大魔王と呼ぶに相応しい程に威厳に満ちていた。
「………姉様……今日も麗しゅうございます」
僕は声を絞り出して姉に言った。
すると姉は顔の目の前に手を広げた。そして、僕の全身が姉から10m先まで吹き飛ばされ床に滑り込む形で減速し、仰向けになって止まった。
「……ユンガよ、余は今機嫌が悪いのだ。話しかけるなら少しまて」
「…姉様……」
僕は体を起こしてすぐに立ち上がり埃を払う、
その姿を見て姉は鼻で少し笑うと瞬間移動魔法を使い音もなくその場を去った。
「…やっぱり、あのときの出来事が影響してるのかな」
そう、あのとき。
かつて”勇者”との決戦が繰り広げられ、魔族の敗北に終わった忌々しき二万年前のあの日。
テネブリス家は、魔族の中でも上位に君臨する魔力と力を持った強大な一族。
故に、歴代のテネブリス家は魔界の覇権を取ることが多く、魔王選挙戦という魔王の器を選ぶための選挙で何度も勝利している。
しかし、それだけに飽き足らずテネブリス家魔王二代目は傲慢さと自身の強さからか、魔界から魔族を送り込み人間界への侵略を図った。
これまで魔界の暗黙の掟としてテネブリス家以前の魔王は主に自身の邪魔になる一族や財、土地を巡り他の魔族と戦争を繰り広げる事が多く、また純粋な政治を行おうとする魔王すら居た。
しかしテネブリス家二代目魔王【ダグラス・テネブリス】はこれまでの魔王とは一線を画す程に未曾有の侵略として後の世に知られる”人間界への攻撃”を始めた。
まず始めに悪魔属を送り、魂を代償とした契約を要求し悪魔属のエネルギーとなる人間の魂を狩り、次に魔獣を送り家畜、穀物を襲い大いに経済を弱体化させアンデッドに人間を物理的に襲撃し特性を活かし戦力を拡大させ吸血鬼属を貴族の人間に紛れ込ませ土地と財源を確保した。
そして、一〇〇年後、亜人と亜竜を率いて全面戦争を仕掛けた。その力、その計画の用意周到さから人間達を圧倒。
征服は、完遂したのである。
しかし、一〇〇〇年後に寝ているところを聖銀の剣で切り刻まれ没し、ほとんどの魔族は魔王を殺した人間に怯え魔界へ去った。
ダグラスの影響で、人間界をも手中に納めたとしてテネブリス家を崇拝する魔族、戦争の引き金となった上に人間に殺された者として敵対する魔族とで魔界を二つに裂き、派閥を生んだ。
これ以降ダグラスの意思を継ぎ何代にも渡りテネブリス家は人間界を侵略した。
しかし、幾度となく阻まれ、ダグラスの君臨していた時代とは違い人間達は魔術や武器の扱いに長け、武器を振るっただけで岩すら砕く者が多くなり侵略は容易では無くなっていた。
そして、あるテネブリス家の子孫の代で今度は人間が魔界に進行してきたのだ。
ー――たった、一人で。
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