ー孤独なる魔王第04話ー地獄ー

「ダリャァ!!」



金属同士が擦れ、火花が散る音が、塔の中に響く。

しかしそこで行われているのは武器による戦闘では無く、獣同士の争いのような、素手による乱闘だった。

悪魔の爪を、男は鎧の籠手でいなし拳を顔面に当てる。

その一撃はすぐさま躱され、 膝蹴りを腹に食らうと、鎧はひび割れ破片が飛び散り怯む。

その隙を逃す筈も無く、悪魔は男の頭を掴み持ち上げ、飛び上がって壁に叩き込む。


凄まじい音を立てて体と頭は完全に壁にめり込み、男の鎧の形を更に崩していった。

「…流石、だな」


「ァ? まだ生きてやがったのか……なら、首を掻ききって何も喋れなくしてやる」

片手の鋭利な爪が伸び、悪魔は頭を掴んでいた方の手を、さらに強く握りしめる。

「……貴様の力をみていたが……ここまでとはな」
意味ありげな笑みを溢し、男は項垂れる。

「…辞世の句位は聞いてやるぜ」


悪魔が勝利を確信した瞬間だった。

――男は、解放され、悪魔は目に傷をもらっていた。

 何が、起こったんだ。

俺は、あいつの頭をこの手で押さえていたはず。

そう驚いていると、悪魔は自分の片腕が床に転がり落とされているのに気付いた。

「……!?俺の………腕が………!?」


男の方へと振り替えると、片腕に血の滴る短剣を握っている姿が見えた。

「……酔狂な闘いは終わりだ」

男は短剣をこちらに向ける。

 「……これより行うは、猛獣同士の殺戮よッ!」

短剣を携え、全力疾走してくる赤い髪の男を前に、悪魔は一本の手に魔力を込め、深く腰を落とし構える。

「……最初から、全力じゃあなかったって事かよ…いいぜ、来なッ! 腕一本が十分なハンデだぜッ!!」

威勢良く、叫ぶように言いベリアルはその腕から漆黒の稲妻を放つ。

暴虐ノ雷カルネージ・サンダーッッッ!!」

腕から放たれた紫電のそれは、目の前に映る全てを焦がし尽くし、男の体に当たり、紙くずの様に燃やした。

「ぐっ…おおおッッ………」
男の顔は苦悶に歪み、溶けゆく鎧にまとわりついた炎は、肉体を焼き尽くす。

「所詮は人間だなァ! あばよサビ野郎!」

腕を組み、燃えゆく男の体を目にし愉悦に浸ったかのように叫んだその時。

男は、体にまとわりついた炎を一瞬で魔力を行使し、体から放出させ、鎮め、地面を蹴り一瞬で間合いを詰めて短剣を悪魔の首に振りかぶった。

「ッ! 野郎!!」



刹那、片腕の爪で弾き返す

「まだ抗うかっ」


 あらんかぎりの殺意を以て、刃を振り下ろす。


それを片腕だけで凌ぐ。

火の粉の飛び散る苛烈な鬩ぎ合いの末、ベリアルの顔から汗が吹き出る。

「……ハァ……ハァ……流石にやベェか…ッ!」

「トドメとしようか………」

タヒュン

レクスはベリアルの体を蹴り、空中で一回転し2m先に着地し短剣の刃を念じながら撫で構える。

「………またなにかするきか………ハァ、だが、俺様には勝てんぞッ!」


その様子を見て腰を落とし、口を広げ、咆哮する野獣の様に歯を剥き出しにし、力を込める。

すると、口から魔力の塊が紫色の光として現れ口のなかで止まりベリアルの頬から電撃のようなものが迸る。

「こいつで消し去ってやるぜ………!!」

技を繰り出し敵を消し去る。


それは互いに同じことだった。


レクスの構えた短剣の切っ先は光を纏い、今にも力を放出させんとしていた。


「……ほぉ? この俺を消す? 貴様ごときがか? ……冗談はその下品な格好だけにしておけよ!!」


「食らいやがれッ!」

暴虐の裂焼雷カルネージ・カノン!!」

轟音を響かせ、それまでのしばしの静寂を裏切る。

紫色の柱の様な光線を、口から放ち、レクスの真正面を照らす。


ベリアルの足元の床は、自身の放つ光線の威力によって深く亀裂が入り、摩擦によって煙をあげて自分の体を自然と後ずさらせている。

「………フンッ!」

男はそれを前にして臆せず、自らの体を魔力により光に包み光線の中へと飛び込む。

「バカがっ! 自分から飛び込んでいくなんてなァ!」

尚も光線の照射は止まらない。


しかし、レクスは短剣を構え体を回転させる事で光線を切り刻み、自分の肉体から外しつつ接近していた。

「………ッ!?近づいて来てやがる!野郎ッ!!」

刹那、口許に刃が近づく。

それに気づくには、あまりにも遅すぎた。

大きく開いた口先に刺さる短剣。


それを見て笑い出すレクス。

「アガッ………ガァ!?」

それを引き抜こうとするベリアル。しかし短剣には”光”の魔力が込められている。故に触れることもかなわずにただ足をバタつかせもがく事しかできなかった。

「………滑稽よな………」

レクスは突き刺した短剣に力を入れ、一気に耳元まで切り裂き勝利の悦に浸る。

「ガァァァァ!!!??」

口が、頬が裂け、自身の奥歯が露出する。

それは、今までに経験したことのない苦しみだった。

魔族は基本として、再生能力を持つ。

しかし、魔族は基本、光属性に弱く、それも”ダーク”と名に付いている魔族は光属性による攻撃により、再生能力は完全に封じられる。

魔族として、強力であればあるほどに光を恐れ、光に屈するのだ。

「ッッッガァ………!」


ベリアルは男を睨み付ける。


殺す、こいつだけは、なんとしても。


しかしその男に向けられた目が、男の心を煽った。


「………その目、いいぞ……?」

それだけ言い、短剣を抜き頭を蹴った。

片腕も、口も、片目も傷ついたベリアルはもはや満身創痍に等しく、力なく倒れる。


「………ガァッ……貴様だけは………許さねぇッッ………地獄を見せてやらァ………!」


ベリアルは翼を広げ、尻尾を伸ばし、これまでの屈強な人間に似た姿から”本来の姿”への変貌を遂げる。

バキバキという音と共に皮膚は剥がれ落ち、角が伸び、尻尾を更に伸ばし、体を巨大化させる。
二対の翼、二本の鋭く尖った角、丸太のように太く蛇のようにしなやかに動く尻尾、爬虫類のそれに近く、猫の様に鈍く輝く濁った瞳。

獣の様な口先からは血が滴り落ち、腕は一本、爪は一本一本がサーベルのように鋭利に、そして大剣のように大きくなっていった。

「……キサマダケハモウイキテカエセネェナ!!]

咆哮を挙げると、魔界全体が震えた。

大地が震撼し、衝撃波が空気を裂く。

そして、塔が瓦礫を落とし始め、いよいよ崩壊寸前に至る。

「………驚いた、お前の真の姿がこのような怪物とはな」

思わず、驚嘆の声をあげる。

そして、男はすぐに短剣を構えた。

 こいつは、これまでとまるで違う。

「………ぶっ潰してやる………お前の体が判別付かねぇ程になァ!」

巨体を全力で動かし、塔の一部を破壊しながら突進する怪物。

そこには、もはや余裕というものは微塵も無かった。

 その様子を見て嘲笑いレクスは突進を瞬間移動魔法で背後へ回り躱す。

「………動きが単調になっているぞ?」


声に気づいたベリアルは振り向き、また無我夢中で突進を繰り出す。

突進し始めた頃に魔力を込め、短剣を目に向かって投擲する。

すると短剣は放射線を描き、ベリアルの目に突き刺さる。

「ッ!?ルルァァォォ!!!?」

激痛と怒りのあまりか、口から紫色の炎を見境無く吐き散らす。

それは、冥界の煉獄ホノオを思わせるほどの激しい火炎だった。

「ァァアアア!!!よくもヨクモヨクモォォォぁぁ!!」


「やかましいぞ、ベリアル」


「僕の出番ですかぁ?」


ベリアルが声を挙げ暴れまわっていると、今の階の上から二匹の悪魔の声が聞こえてくる。

そしてその声の主らは、ベリアルの足元に降り立ちレクスの前に姿を表した。

一匹は、鳥類のそれに近い羽を3対、六枚生やし、杖をもった紳士風の気品のある悪魔。
もう一匹は忙しなくブンブンという音を立て、羽根を鳴らしながら黒い塊…否、蝿の大群を身に纏うマントを羽織った悪魔。

気品のある悪魔は、静かな声で言った。
「おや、困ってしまうな。魔界がこんなに荒れているではないか」


「………まどろっこしい真似は止せ。俺には解っている、貴様の正体は。悪魔は魔族の中でも数が多い、その分魔王の候補者は多くなるのであろう?……」


翼の悪魔はニヤリと笑い、拍手をする。

「……お見事、流石私の友ベリアルをここまでさせた実力者だ」


「私の名はダーク・ルシファー……そして隣の小うるさい蝿がダーク・ベルゼブブ」


「えー酷いなぁ、まぁルシファーが酷いのは今に始まった事じゃあないけど」


ため息混じりにベルゼブブが言うと、レクスは頭を抱えて微笑む。
「………ふははははは!!おいおい、酔狂にも程があるのではないか悪魔の王者達よ!?人間に同胞にして敵が敗れている!この状況に傍観するでもなく自ら赴くとは!」

それを聞いたルシファーは杖を握りしめ、澄まし顔で言った。

「……ふむ、酔狂かもしれんな。だが……例え話をしようか」


人差し指を立て、話を続ける。


「例えば、一緒に天から追放された兄弟が居たとしよう。そして、その兄弟とよく喧嘩をした、その兄弟とよく争った、だが酒の席で飲み交わす事も、また争って優劣を競うこともあった」

穏やかな語り口調に腹を立て、レクスは口を開く。

「まどろっこしい真似は止せと言っている。俺は無駄な喋りは嫌いだ。さっさと済ませろ」


そう吐き捨てると、ルシファーは口を笑みで歪ませる。
「君は王様なんだろう?少しは話を聞いてはくれないか。ベリアルよ、撤退した方が良いだろう」


後ろを振り向き、変身を解いたベリアルに語りかける。
「……撤退?アホ、俺ならこいつに殴り勝てるぜ」

「でも、こいつは人の話を聞く気すらない間抜けだぞ?そんなヤツお前の相手じゃあない」
そう言って杖を回すと、ワイングラスが現れワインが杖の先から注がれた。

「ししっ」
ベルゼブブは、ルシファーの声を聞いて静かに笑うだけで、一言も喋らないでいる。

「……ほぉ?雑魚に雑魚がたかるってワケか?」

満身創痍でありながらも、ルシファーの前では余裕を見せる。

ルシファーもまた、それは同じだった。

 自分とほぼ同格のベリアルをここまで追い詰めるということは、相当な実力者だということは解っている。

「そうだ、じゃあ……私が一瞬でケリを付ける。その後にベリアルと対戦だ。お前ならその分の体力位は残っているだろう?」
協力、しかしお互いにプライドは高い。故に戦闘の意思を煽る。

「………ハッ、冗談じゃあねぇ。………てめぇの大砲の試運転、させてやるよ」
ルシファーを睨み付けつつ鼻で笑うベリアル。ルシファーはワインをグラスの中でくゆらせ、それを飲み干す。一方でベルゼブブは蝿の大群を手で弄び不気味に笑う。

「………かかって来るがいい、俺が何体でも斬る。俺が何体でも倒す。俺が何体でも………葬る」
レクスが手を握りしめ魔力を込める。

その姿勢をとった隙を逃さずルシファーは杖から巨大な火炎の玉を放つ。

「喰らうが良い、”ヘルフレイムオブソドム”!!」

「なにッ!」


レクスがとっさに身構えようとすると、背後から大型の蝿の大群が鎧の隙間を潜り込み首、脛、頭、間接を齧り出す。


「がっ………ええいうっとおしいっ!」
肉を噛み砕き、食い千切りよってたかる醜く巨大な蝿。

それを追い払おうにも、魔力を体全体で放出する光のオーラは通用せず、武器による攻撃すらも当たることはない。


そして目の前から火球が迫りくる。

「ッ………楽しくなってきよったわ!」

レクスは火球を前に呪文を高速詠唱し、最大級の魔力を片腕に込める。

闇滅せし光ッダーカーズ・キラー・シャイニング!」

接近してくる火球に対し閃光を放ち爆発音をならし相殺させる。

それからくる衝撃波によって周囲の瓦礫は消滅し、衝撃が収まると爆発が起こった場所は煙をたて、悪魔達の姿を隠す。

それを開戦の合図として三匹の悪魔の王者達は一人の人間に一斉に飛びかかる。

「………さぁ来るが良い!お前達の力はどこまでの物かなぁ!!」


音を立てて崩れていく塔の中で、怪物達の宴は続いていく。

どちらに勝利の女神が微笑んでも、どちらかの種族の”絶対的な敵”が現れ絶望をもたらす事になる

もはや、どちらも運に身を任せる他無いのだ―――――

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