ー孤独なる魔王第08話ー死別ー

 男の怒号、館を眩く照らす閃光、大地を轟かす衝撃、 放たれる光線、弾を相殺させ生じる破裂音。

それらを起こしているのは一人の男と老人。

レクスは目の前に迫る塊を前にあらゆる手を付くし、勝負は今にも雌雄を決さんとしていた。

「はぁ……はぁ……」
吐息を漏らし、全力で満身創痍となった体を奮い立たせ、残り僅かな魔力を回す。

彼の身体に残った魔力は、既に枯渇寸前となってたのだ。

「俺が、貴様なぞに負けるか!! 」

懐から短剣を取り出し、魔力を込める。

残る短剣は、その手に握った四本と、懐に携えた八本。

鎧の下を覆う鎖かたびらの隙間に提げていた二百本の短剣が、今となっては握っている物を含めてたった十二本となっていた。

「憐れなものよな、男よ」

言葉を溢した瞬間、迫り来る塊はより勢いを増した。

「……カアッ!!」

顔は汗ばみ歪み、短剣を握る手は震え、標的を狙う瞳は潤いを忘れ、渇れさせ鋭く食い縛らせる。

そして、四本の刃を投げる。

ヒュッ

これまでにないほどの勢いで、まっすぐと向かっていく。

飛んでいった四本はやがて空中で三本はバラバラに飛び、塊へと飲まれていき、一本はガイバの顔へと向かっていった。

ガキン

「フンッ」

視線を顔を刺しに来る短剣に向けたその瞬間、レクスはその場から飛び上がり、塊を蹴り体を弾ませガイバの元へと走った。

「隙を生んだのが運の尽きだ! 食らえ!!」

瞬時に距離を詰められ、刃を両手に四本ずつ構え、獣の爪の様にガイバの体へとそれは向けられた。

ガイバ[ふん、甘いわ。]

ガキン

視線を元に戻さず、よそ見をしたまま右腕だけで受け止めて顔をゆっくりとレクスに向けた。

その瞳は、若者を宥める知恵者の様に穏やかに、されど冷ややかな眼をしていた。

「………ッ! 貴様ァ!」

一心不乱に短剣を降り、急所を狙う。

頭、首、喉、胸、眼。

当然それを許す筈もなく片腕だけで振りかざされた刃を凌ぐ。

背後に存在していた魔力の塊は消え、一方的かつ、一瞬で終わる様な遠距離戦ではなく、事は苛烈な接近戦へと移り変わった。

「ほれッ!」

ドムッ

「グアッ!?」

ガイバの放った拳はレクスの腹に衝撃を与え怯ませた。

刹那、その一間に顎に一撃、蹴りを男の腰に、回し蹴りを顔に二撃、回避させる余裕も作らせず攻撃を加える。

ベキ

一撃を受ける。

バコ

二撃、骨を砕く。

バキッ、ズガ

三、四撃。本来ならここで死んでも可笑しくない攻撃の数々を男は一身に食らう。

「とどめだ」

ガイバの体からおぞましいオーラが放たれる。

そのオーラは、泥のように濁り、泥よりも重く、泥とは思えぬ動きをし、レクスの身体にまとわりつき傷口に入り込んでいく。

「ッ! 止せ! 来るな!」

身体中が負傷し、満身創痍の状態となったレクスに、泥は容易に、蝕んでいく。

泥に触れた傷口は瞬時に膿み、肉は腐り、骨を露出させていく。

「ぎゃああああッッ!」

想像を絶する苦痛が、これまでの

虐殺タタカイ の痕を抉る。

「おのれ…おのれおのれおのれおのれ許さんぞォッ!」

魔力を振り絞り、金色のオーラを体から放ち対抗する。

それすらも許さず泥は光を飲み込んでいく。

「儂は、生憎と孫とせがれ以外には優しくできんのでな……すまぬな、人間の若者よ」

低い声で瞳を赤く光らせ泥に飲まれ行く男を前に吐き捨てる様に呟く。

「殺す………呪ってやる!! 貴様ら魔族全てを!! 魔族に災いあれ! 魔族に滅びをッッ!いや………滅ぼすのは俺なんだゴボッ!!?」

泥から腕を伸ばし、自らが滅び行く現実を怨嗟の言葉でかき消し、這い上がらんとすると口に泥が注がれた。

どんどんと、泥は注がれていきレクスの胃を満たしていく。

「オヴェ………オグェ」

胃の許容量を越え、催される強烈な吐き気、その感覚をさらなる泥で侵していく。

地獄の苦痛と、地獄の苦しみの両方を味わいレクスは抵抗する気力を奪われていった。

「貴様の最期に一つ、言っておこう、地獄の土産話位にはなるだろうよ」

その場に座り込み、泥を飲まされ口を開けているレクスの顎を手でさらりと撫でながら穏やかな口調で答えた。

「儂は、禁呪の概念を設け、法律を敷いただけの魔界一穏やかな魔王として知られておるが若者よ、何もかもうまく行き過ぎだとは思わんかね」

唐突の、自分語りにレクスは理解が追いついていなかった。

薄れゆく意識の中で、遠くなっていく耳で聞こえた言葉を無視に近い形で聞き流す。

「反対勢力も大人しい時代だった………何故かわかるかね」

そっと耳打ちで、淡々と言った。

「儂が、お前に与えたこの魔術と同じ魔術で黙らせたからだよ」

その瞬間、レクスの背筋が凍りついた。

 この苦しみを…同族に与えたというのか…?

「儂は、魔界に秩序をもたらしたかった。無法者を裁き、弱き者に救済を施し、強者を賛美し、それでも強者弱者問わぬ共通のルールが欲しかったのだ………仕方のない事よ」

体から放つ泥を手に触り、撫でてさらに言った。

「こいつの餌食になるのはお前で9000万一匹目だ……せめて9000万で止めておきたかったが………」

ガイバは男の首を絞めて体を持ち上げた。

「グァッ………」

「お前は、秩序を犯し、魔界を蹂躙した侵略者………しかたあるまい」

「まこと、憐れよな。ゆっくりと、自らの罪科に身を蝕まれ逝くがいい」

その時、小さな何かが老人の背後に現れたのを見た。

それは、幼い角の生えた少女の姿だった。

「じい………じ? なに………してるの?」

ぬいぐるみを抱えながら、だんだんと目の前の残酷な光景を目の当たりにし、青ざめていく少女。

その声を聞きガイバはすぐにレクスの方から後ろを振り向き、少女へと歩み寄る。

「ああ、悪者退治をしていただけだよ。怖がらせてしまったな………だから部屋で待っていろと言っていたではないか」

涙目の少女を抱え、微笑む。

「ははは、さ、本の続きを読もうか」

泥の動きはどんどん弱まっていき、レクスはその様子を見て泥を吐き戻しながら不敵な笑みを浮かべる。

「ゲホッ………カホッ……………ははははッ!!」

腐蝕している体を引きずらせ、腕に力を込めて短剣を再び握る。

「カァ!」

その短剣は、少女の後頭部を確実に狙っていた。

「ふぇ?」

「ッ!!」

刹那。

少女の頭を守り、短剣に貫かれる手。

その手は、力なくぷらんと下がった。

「まだ生きていた………か!!」
後ろを振り向く、しかし時既に遅し、短剣は

ガイバの首の骨を断った。

落ちていった頭を、レクスは何度も踏み、挙げ句潰した。

「じい……じ?」

少女の無垢な瞳は曇り、涙に濡れていく。

「所詮は、生き物………というわけだな」

その場に跪き、遺されたガイバの亡骸を見つめる。

「優しさが仇になったな、お前も憎めない奴よ。………魔界の在り方を変え、秩序を守ろうとしたお前に敬意を表そう………その姿、天晴れだ」
そして、大の字に仰向けになった。

「おじいさま……?」
亡骸を何度も揺する少女。
しかし、返ってくるのは穏やかな声ではなく静寂だけだった。

喉の奥から涌き出てくる喪失感と、悲しみ。

それがいよいよ声となって、涙の雨となって溢れてくる。

「おじいさま………うああああああん!!」

ガイバの亡骸のマントを握り、声をあげて泣く。

レクスはそれを横目に無言で横になっている。

「___お前のせいだ、お前のせいで……!」

両腕を広げると、少女の回りから魔方陣が出現し、武器の数々が現れる。

それらは、全て横たわる男に向けられていた。

「……せめてもの、慈悲か」

レクスは立ち上がり、腕を組んだ。

 短剣も、魔力も底尽きている、無防備もいいところだ。

魔族は、相手の魔力がどれ程のものかを感知することができる。

プエルラとて例外ではなく、プエルラは魔力が底尽きたレクスを見て好機とばかりに武器を大量に展開した。

これまでにない出力で射出される
武器、しかしそれをレクスはすぐさま手にもつと、暗黒のオーラを持っていた剣は白く輝き放たれる武器を打ち払いプエルラの体を切り裂いた。

「っ………?」

始めて感じる、戦の痛みに呆然とし、血が出ていくのを見ているだけだった。

「………ここで、散れ」

ザシュ

バシュ

バシュ

ザシュ

体を切り刻んでいく、刃。

それは、テネブリス家の使っていたであろう光に侵された剣。

痛い。

痛い。

痛い。

肉を切り裂き、全身の骨という骨を断たれ、やがてその小さな命は

こときれた。

館には、男の姿だけが残されていた。

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