はじめに
旧教戒書とは、竜教のあらゆる教戒書の元となる教えの書かれた本である。
“主”と呼ばれる存在は竜人とも、また竜であるとも言われているが、そのどちらであるかも定かではない。
現代においては竜とは自然現象を擬獣化、竜人は竜教の司祭を表しており、主はその思想を伝える為に作られた神という見方が一般的である。
奇しくも、世界中に“doraco”“long”“ryuu”“draek”等、ある程度共通の大型爬虫類のイメージが世界中の文献に見られるのは、こういった原始宗教がかつて大陸に存在し、伝搬していった影響だろうか。
零
“全ては黒き竜と白き竜より生まれ、主が生まれ、竜が生まれ、そして全てが巡りだした”
白き竜と黒き竜は互いを喰らい合い、その肉から主がお生まれになった。
その次に竜が、竜が生まれた後に鼠と草木たちが生まれた。
壱
“愛を愛すべし。それが臓持ち六腑持つ者なれば”
主は言われた。滅びを待つばかりの鼠たちに。
すると、忽ちの内に鼠たちは地を覆うばかりに増えていった。
弐
“これを伝えるべし。汝らの為に”
鼠たちは自ら食む草、拠り所たる木にさえもそれを教えた。
草は理解し、地を埋め尽くすほどに栄えたが、木は栄えなかった。
木は理解できなかったのだ。
参
“智慧を分け与えよ、持たぬ者の為に”
草は兄弟たる木の為に、愛を教えた。
木はやがて、ゆっくりと草にも勝るとも劣らない程に栄え、森を作っていった。
肆
“強者たれ、自らの為”
主がそう言われると、鼠たちは闇を恐れず、光を恐れず、竜達の雨、風、雷、火に屈しなくなった。
犠牲は少なくはなかったという事を、忘れてはいけないが。
伍
“求めよ変えよ、汝は汝らが思う程、豊である筈がない”
主は鼠たちにそう言われると、鼠たちは変わっていった。
草になるものも居れば、木になるものも、象や猪、豚や猿になるものも。
そうしていくと、地上は栄え、色々な動物で溢れていった。
人間も、その末路として。
六
“休息を忘れるべからず、疲れを忘れた者こそが真なる愚者である”
慌ただしく増えては変わっていく生き物達に、主は強くおっしゃられた。
すると、増えては変わっていく生き物達の間に“時間”が生まれた。
時間という智慧を教える為、生き物達を労う為に。
ただ、その中に外れた生き物がいた。
漆
“裏切りこそ愛の妨げにして、求道の害である”
時間を教わりながら、休息を取らずに居た人間を主は厳しくお叱りになられた。
人間達は深く悲しみ、周りの生き物達は彼らを慰めた。
丁寧に、その意味を主に代わって教えながら。
捌
“悲しみには集いと慰めを”
主は人間達の居ない間に、生き物達に伝えた。
その次の日、人間達の住む森には沢山の動物達が集まり、食べ物を分け与えた。
それから、森には沢山の動物と果物が集まるようになった。
玖
“意味無き物は無い。求めよ”
主は人間達にそう優しく言われると、人間達は沢山の物を作った。
草木で冠を、動物で服を、果物とその肉で食べ物を。
草木は涙しながらも、それを受け入れた。
動物達は悶えながらも、認めた。
果物達は口も知恵も無いが、これを苦しみながら認めた。
最も、持たざる生き物が人間なのだから。
拾
“持たざる者には分け与えよ”
主は何度も言われた。
雨粒を受け入れた草木は、動物達や地にも与え、動物達は自らの毛皮を人間達に分け与えた。
人間達はそれらの行き先として全てを受け入れ、お互いに分け合った。
死でさえも。
拾壱
“同じ者同士で死を与えるべからず、死は悲しみの元にして全ての終焉である”
主は言われた。
互いに喰われあった骨の山と、踏み荒らされた枝を見て。
すると、全ての生き物は共食いと争いを止めた。
しかし、人間達はこれに背いた。
仕方なく、主は世界の支配者たる竜達に骨の山の始末を任せた。
竜達は、再びかつてのように天からは雷、地からは風、海からは大きな波、山からは火を起こし、岩からは地鳴らし、草木から■■で骨の山を片付けた。
壱弐
“竜に従い、人間に従え。私の後継こそが彼らであり人間とは肆つである”
やがて主は、そう言われて大地を去った。
残った人間達は、ひとまず竜に跪いた。
すると、地が揺れる事は無くなり、雷鳴は静まり、海からは不思議な生き物が見られるようになり、草木は食べられるようになった。
人間の一人には鳥の如き翼があり、また耳が長い者と、死んだ者、何の特徴も無い者が残った。
四者は元々あった四つの世界に、名前を付けて支配した。
互いに嫌う二者は天界と魔界を、互いに友とした二者は地上界と冥界を作った。
世界の始まりである。
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