第二章 第零話 強襲者の来訪

 全てが、終焉を迎え。

僅かな硝煙の匂いだけが、戦いの終止符に打たれた痕跡として残る、摩天楼群。

遠くでは、少年が無邪気に、煤に塗れた頬を拭い――これまでの旅に道連れにしてきた仲間達と語らっている。

「良かったな」

 日の当たらぬ、路地裏の陰でその者は呟く。

道端の黒外衣をまとい、ため息を一息つくと、銀髪の人外はゆっくりと小さな背中へ向かっていった。

 その時。

一瞬――ほんの、瞬き程の刹那。

人ならざる者の気配と殺気をグリードは感じた。

 背後を振り向いたが、そこには何もおらず。

左右を確認しようとも、影すら見当たらない。

(まさか、またあいつか? いや、あり得ない……奴は確実に!)

グリードは顎を擦り、俯き思考を巡らせた。

都内、歩道の中心で立っていると――。

 氷の刃が、グリードの首筋を襲った。

氷の刃は、頸動脈寸前で手刀によって砕かれ、破片が空中に散る。

破片に映るは、強襲者の姿。

「やぁ、“兄貴”、“お兄ちゃん”、“兄弟”、“兄さん”……?」

 強襲者の笑みは、狂気に満ちていた。

そして、その強襲者の肌と瞳は――グリードに戦慄を叩きこむ。

息は乱れ、胸の鼓動は決死の如く響いて居た。

「お前、お前……はぁ……お前はッ!? 馬鹿な!?」

先程、倒した筈の者とは違う――過去に知った恐怖が、身を襲う。

 強襲者は、笑みをたたえたままに、異形の右腕から伸びる爪をグリードに向ける。

グリードはただ、その爪の主の顔に瞳を震わせていた。

 己の内に感情をしまい殺し、グリードはすぐさま爪を蹴りで弾き飛ばし、戦闘の構えを取る。

「お前、まだ生きていたのか……全く、俺達は嫌な糸で結ばれているものだな」

 グリードは冷ややかに言い放ち。

高速で強襲者の細い首を狙い、手を伸ばした。

 秒速ですら計れぬ、もはや瞬間移動に等しく、速度という概念から逸脱した襲撃。

その襲撃を、強襲者は解っていたかのように突進するグリードの腕を屈んで回避し――。

グリードの腹を右腕で貫かんとした。

(流石に単調過ぎたか!)

 グリードはすぐさま膝で強襲者の右腕の爪を破壊し、破壊の衝撃で宙を舞う。

グリードの手が地面に着くと同時に、強襲者は右腕を上げたまま、倒れこんだ。

 倒れこむ寸前、強襲者は膝を無理矢理折り曲げ、衝撃を殺して。

「流石だねェ! かっこいいねェ! この一撃相変わらずだねェ! ひひひひひははっははははは!!」

高く、掠れた声が空間に響く。

人ならざる者ですら、あり得ない体勢で。

痛みを、嬉々として受け入れているかのような様子だった。

「いきなり俺を狙って、何が目的だ? 復讐か――?」

 グリードが立ちあがり、鋭く睨む。

緑に、輝かせて。

 すると強襲者は骨を砕いたかのような音を鳴らし、背中を起こした。

「またまたぁ、随分と俗っぽくなったじゃあないか。昔はゾクゾクする程の不条理さだったのにさ――」

 強襲者が言葉を発する前に、グリードは移動し、足を強襲者の前まで向ける。

その足裏は今にも、振り下ろさんとして。

「俺は質問しているんだ、お前が喋る番じゃあない答えろ。でないとその不条理さとやらでまた消し飛ばすぞ」

 強襲者は、嬉しそうな表情を見せ、歪な、人に近い左手でグリードの靴底を撫でる。

「あははっ、ボクはね、グリード兄さんやジェネ兄ぃの邪魔にならないようにしてたけど……もうその必要が無くなったし、次はボクが動く番だと思ってさ」

「どういうことだ、教えなければ潰す。返答次第でも、容赦無くアスファルトの肥しになってもらう」

グリードは、憤怒と共に牙を剥き出すと、強襲者が語った。

「……これから、面白くなってくるってことだよ。全て計画通りに。楽しみにしておくことだ」

 強襲者は、そう言うと一瞬、緑と黄色の瞳を輝かせる――と共に、空間の物質全てを置き去りにした左腕による連撃がグリードを襲う。

グリードは、瞬時に躱し、いなし、その一撃一撃を回避し、懐に近づいていった。

(宿主に、無茶をさせる戦い方をしやがって――!)

空気との摩擦によって、血肉が飛び散る事すら厭わぬ、強引に打ち出される拳の数々。

次第にそれは、グリードに――再会の恐怖を踏みにじる程の、静かな怒りを募らさせていった。

「だめだ、お前は――存在してはいけない。ここで奴と同じところへ、いや、消滅させてやる」

 冷酷な、裁定を決した声を放ち。

グリードの漆黒の拳が、強襲者の顔面に到達する寸前――。

「兄さん、変わったね」

一言を告げる。

強襲者の言葉と共にやってきたのは、凄まじい冷気。

冷気は、グリードの眼前に容赦なく当てられ、強襲者による行動の自由を許してしまう。

「眼がッ!」

 開き切った両瞳孔に、直撃した冷気は視界と集中していた意識を完全に遮断した。

(暴れ回ると、町が崩壊しかねない。再生まで禁断権を使って凌ぐにも、奴の場所を掴めなくなったら終わりなのに!)

 グリードは、耳を澄ます。

しかし、足音すら聞こえず――耳には鋭利かつ、冷たい感覚があった。

(耳まで凍らされたってのか……!)

 グリードは全身に魔術をかけ、高熱を放つ。

高熱によって、ゆっくりと頭部が解凍されていくと、視覚と聴覚を取り戻す。

その視界にあったのは、何の変哲もない、人々の行き交う歩道と電柱。

聴覚から伝わるのは、民衆の鳴らしゆく喧騒。

(あいつは、どこだ?)

 人混みの中、念じて魔術を発動させる。

(“脅威測定解析眼”)

眼が光ると、魔術が発動し、視界に入る全てのモノの情報がグリードの脳内に入っていった。

その中に、交戦していた者と思しき情報はなく。

グリードは、魔術を解除させていった。

(全く、どいつもこいつも放っておいてくれないな……)

 忌々し気に、グリードは一人拳を握る――。

これは、“それら”と関わってしまった者に降り注ぐ、呪縛の戦い。

強襲者の来訪は、誰にも知られぬ――開戦を告げる予兆に過ぎぬのであった。

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