第二十八話 神ハカタラズ

 相対し、互いの攻撃が交差する。

交差した両者――グリードとユンガの攻撃が、施設全体に衝撃を走らせていく。

 その様は、呆然と眺める快にとってはまさしく風神と雷神の対峙を彷彿とさせてやまなかった。

 ユンガの拳に纏わせた稲妻は、グリードの足と、周囲の全てを焦がし。

施設の入り口付近の、四角柱のセンサーをも破壊していった。

「お前ッ………! くっ、仕方ねぇ」

 自身の攻撃していた者の正体に気付くと、グリードは宙で身をよじらせ、施設内の天井に掴まる。

一方で、ユンガの視線は別方向へと向いていた。

向いている先は、やっと相まみえた――――傷だらけのかけがえのない、存在。

「キマイラ!!」

ユンガは、倒れた獣の姿となったキマイラの側に駆け寄る。

キマイラの、満身創痍の体を抱きかかえると、ユンガは体を揺らし始めた。

見つめ続ける、一点の赤い瞳は次第に湿って。

やがて、抱えたユンガの腕は震えだす。

壁際に叩きつけられていた棕は、目を開きその光景を目と耳にした。

「キマ……キマイラ…………まさか!」

棕はすぐさま立ちあがり、キマイラの元へ近づく。

ユンガは、キマイラを抱きしめつつ、近づく棕を見て構える。

その姿は、棕にまるで――大切なものを守る獣の印象を与えていた。

「待って! うちはそのキマイラに、伝えなきゃならないことが! ていうか、皆にも伝えなきゃいけないことが――」

 棕が訴えだすと、施設の廊下の奥から騒がしく、声を遮らんばかりの足音が鳴りだす。

少しうろたえていると、足音の元凶が、一気に周囲を棕、快、グリード、ユンガ――そしてキマイラを包囲した。

集団の中には、松葉杖をつき、何かの入った瓶を持った麓の姿も交じっている。

「神性を血液ごと抽出し、最強の金属をもって、禁忌に対する兵器ができると、思っていたけれど…………やはり、貴方とは相いれないみたいね」

 麓がせき込むと、麓の右側で銃を構えていた隊員がそれに気づき、手を背中にやろうとした。

麓はそれをふりはらい、指を鳴らす。

すると、奥の廊下からアタッシュケースを抱えたFencer隊員が走り寄り、麓の足元でアタッシュケースを開く。

そして麓は、開かれたアタッシュケース内に瓶を叩きつけた。

「切れ味は、既に実証済み。問題は――少し早まったけど想定通り扱えるか、ね」

「まさか、そのケースの中身は――!!」

 天井に張り付いていたグリードが、瞬時に何かに気付いた様子で麓に飛び掛かる。

が。

グリードのアタッシュケースに向かって伸ばした手は、何かによって防がれた。

「ぐっ、嘘だろ…………!?」

 一瞬、麓の前で驚きを見せると、麓はアタッシュケースの“中身”を握り、引き抜く。

引き抜いた瞬間、中身の切っ先は放射線を描き、グリードの浮いた体に、縦方向の線が入る。

「グリード!!」

 快が鎧を纏い、すぐさまグリードへと走る。

 その様を許さぬように、麓はアタッシュケースごと頭を切り裂かんとする。

グリードの体に入った縦線には、大量の鮮血が流れ出していた。

「あのケースの中身、まさか――“あの”剣!?」

 快は、麓が握っているものの造形を思い出す。

それは紛れも無く、資料室に封じられていた――魔剣と称すべき代物だった。

快が走り出す頃には、遅く。

刀身はグリードの額に当たる寸前。

直後、麓の体に電流が流れると同時に、全てのFencer隊員に稲妻が襲い掛かる。

「ぐああああああ!!!」

麓とFencer隊員の服から煙を吹き上げだすと、快は背後を向く。

そこには、紫色の電流を掌から流すユンガの姿があった。

 キマイラを抱えた手は優しく、己の肩を前に向け、体を覆いつくして。

されど、仇敵と判断した者を捉える眼は、修羅象さえも稚児のように思わせるほどに、激しく燃えていた。

「………お前らが、僕の妻をこうしたのか」

「ぐっ……化け物が人の言葉で……!!」

麓がユンガを睨むと、手のひらから放つ電流を一層激しくさせる。

 苦悶に満ちた表情へと変わる麓に、ユンガは気を失う寸前の電撃を浴びせかけていく。

「僕は質問をしているんだ、答えてくれないか“化け物”」

「ええい………あくま……め………」

電流に耐え切れなくなった、麓の体は自然と後ろへ倒れていった。

と、同時に、Fencer隊員が倒れていくとユンガは快に視線を送る。

「逃げよう、快。それと、棕さん。あなたの話を伺いたい、とかく今はどこか安全な場所へ」

「お、おう!」

 棕とユンガが出入口に向かって走り出すと、快は鎧を元の指輪へと形を変えさせ、出入口とは逆方向に行った。

「待って、グリードを起こさないと!」

快は、倒れたグリードの元へ着く。

 そのグリードの胸から腹にかけてからは、滝の如く血液が流れ出ており――口許からも、血を吐き出していた。

出血は酷く、グリードの着ている、紫色のシャツと思しき服は黒い染みをどんどんと広げる。

(まずい、血を抑えないと…………!)

 快が自分の服の切れ端を引きちぎり、グリードの出血部分に全体重を預けた。

出血は、快の思惑とは裏腹に、留まる事をしらず。

湿り気が広がって行くと同時に――快の額に汗が流れ出していった。

(グリード………頑固で、どうしようもない乱暴者で無責任な奴だけど、僕の命を何度も救ってくれた………今度は、僕がグリードを救うんだ)

 快は、そう念じると同時に、両腕を強く伸ばす。

その瞬間。

快の宝石が輝きだし――光を放っていった。

 快が光の筋を視線で追っていくと光は、麓の握っていた双剣に宿るのが見える。

やがて、双剣の造形はみるみるうちに変わっていった。 

一方は、刃渡り一メートル二十センチほどの、白と黄色の太陽をあしらった荘厳な造形をした剣へ。

もう一方は、同程度の黒と群青色の、何らかの髑髏を思わせる優美な造形をした剣へ。

髑髏の剣は指輪の方へと吸い込まれると、残された太陽の剣は、強く輝きだす。

快に、握れと言っているかのように。

(………一か八かだ)

快は、その剣を握ると――快の脳と精神に、太陽で焦がされたが如き衝撃が迸った。

快が握った、その剣を――無意識の内に念じてかざすと、グリードの胸の傷がみるみる内に塞がって行った。

「!? 傷が、治っている!?」

快は驚き、思わず周囲を見渡した。

すると、焼け焦げ、あるいは消し飛ばされた形跡のあるもの全てが――――元の形に戻っていた。

 快は、手元の剣を見ると、脳裏に、未知の単語がよぎる。

その単語は、剣に宿ったものであり――剣そのものの名前であることを快に告げた。

「現世産屋神剣ウツシヨザンヤシンケン“伊弉冉イザナギ”」

単語を呟くと、剣は一層輝きを増す。

 まるでそれは、剣自体に意志が宿っているように。

新たなる、仲間であると語るようだった。

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