【深海入水】
深海に沈む。
ひたすらに冷たく、口からこぼれる呼吸の泡すら吞み込んでいく。
深く、深く。
暗く、暗く。
私にもがくことを、許す事なく。
浮力も心もとなく、痩躯を浮かばせるには足りない。
視界も段々と、暗くなっていく。
何も動かぬ、珊瑚も私を嗤い。
何も知らぬ、魚共は私を見下して。
紺碧は暗黒へ。
そうして暗黒は、私の眼を満たし。
やがて深淵は、私の肺を満たし。
原初の宇宙の模倣とさえ思える空間に、取り残される。
そんな感覚は、今日の私にも、眠りを与える。
夢想の、深海入水。
空想の、深淵入眠。
【りんごと糸に冬】
寒いね。
あぁ、寒いね。
私の心に、稼働する暖気と一緒に温もりを与える。
空間は私ときみの談笑に包まれる。
雪景色のおかげで、きみの結晶の肌はりんごになって。
こたつを挟んだ先の、りんごを私は思わずそっと撫でる。
思わずかじりついてしまいたくなって。
こたつを挟んだ先の、りんごに口づけする。
もっと真っ赤に。
もっと甘くなった。
そんなりんごに、触れて。
撫でて、愛でていたかった。
談笑も、聞こえていた声も雪景色と消える。
伸ばした手は、骨ばって何もつかめずに。
震えながら、白くなった糸を頭に垂らし、私は冬を閉じる。
寒いね。
あぁ、寒いね。
【みんな】
チャイム。
みんな、またね。
声を聞いて、僕も後ろを向く。
背にした友達は、やがて僕を置いていく。
僕を、おいていった。
僕も、みんなをおいていった。
みんな、じゃあねって。
友達は、僕を背にして。
またあした。
何度見たかわからない、ゆうやけ。
みんなとあって、おうちにかえってめのまえをくらくする。
ゆうやけは僕。
みんなは、そら。
ちゃんと、帰れてるかな。
僕は、今日の思い出と一緒に、友達を背にした。
【洞窟、鬱屈】
気持ち悪い。
足が遅い。
ぐず。
のろま。
怠け者。
不細工。
害児。
罵詈雑言。
脳裏に聞こえる。
反響する。
暗い洞窟に、水の滴る音が延々と聞こえるように。
渇いた洞窟に、決して潤う事の無い水が落ちてくる。
思い出す。
自分の罪悪の全てを。
泥水になって、折角の私の静かな洞窟に騒音を立てる。
止せとも言えない。
かといって、続けて欲しくも無い。
鎮まるのを、待つだけ。
誰も、もはや何も言っていない。
最初から、そうなのに。
声は、ずっと洞窟に響く。
きっとこの洞窟は歪なのだ。
天井は、鍾乳洞。
床は、冷たく。
時々届く光に怯えて。
時々暗くなる。
ここにあるのは、誰にも理解し難い洞窟。
だから、誰も来ない。
【薔薇の川】
薔薇が、漏れ出てきた。
声の代わりに。
喉の奥から。
使う事の無い、喉がもう疲れてしまったのだろう。
必要ない、薔薇も出ていきたいのだろう。
それは赤くて綺麗で。
私の中の、薔薇の川からはみ出してきた。
手に浮かぶ紅と、色の違う手首の薔薇の川のコントラスト。
いつか、止まるのだろう。
せき止めれる事は、なくとも。
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