「ユンガよ! もうそろそろ番を考えるべきではないか?」
城の窓から顔を出した、獅子の頭が言う。
駄目ですよ。
と言うと、わかり切った様子で頭を窓から下げてしょんぼり。
その様子が思い浮かび、とても心痛むので、僕はいつもの言葉を口にする。
「懲りずによく来ますね。それに、あなたとはあまりにも歳も種族も違いすぎるので後々面倒でしょう」
言えば、決まった台詞が返ってくる。
「何、問題はないだろう。それに、お前の姉も言っていたではないか。”もはや種族の違いは姿以外になし”と」
「だからって、今度は年齢的に問題ですよ」
ため息交じりに返しながら、姉上から任されたスケジュール管理表を覗き、爪で丸や罰点を付けていく。
かの魔獣の王が僕らの城へ遊びに来るようになったのは、姉上の演説から実に一年経った後。
その目的は、あからさまな求愛行動――もとい求婚だった。
演説後魔界の法が、姉上によって改正され異種族・年齢・性別問わず婚姻が可能となったのをいいことに、わかりやすく城に入りこむようになったのだ。
「年齢? 我のどこが問題だというのだ? そなたにも問題はなかろうに。 それとも、ユンガは同種族の同性が良いか?」
魔獣の王はきょとんと小首を傾げて、パワーワードを放つ。
「あんの……………勘弁してください」
スケジュール管理表に全て印を付け、握りしめて魔力を籠めると、管理表はその場から姿が消えていった。
「何が悪い? 人間擬態時の姿か?」
「はぁ、とかくまだいろいろと心の準備ができていないんです」
あなたは頬を膨れさせる。
「むぅ、はっきりせぬとこちらとしてももやもやして仕方ないのだぞ」
そう返すあなたを、不覚にもとても――――愛らしいと思ってしまった。
「そんなに、急ぐこともないでしょうに。長い事生きてるんですから、返事を待ってください。僕なりに結論は早々に出しますので」
窓に座るあなたに一礼して、階段を上り姉の元へ向かう。
その時の表情はどこか寂し気。
それでいて――あなたらしいいつもの表情を保とうとしているのが僕にはわかっていた。
思えば、僕も長く、長く待たせてしまったものだとは思う。
けれど、あの魔獣の王が、僕なんかに好意を抱いたのはなぜだろうか。
魔王の弟というだけの、ただの一介の悪魔に過ぎないのに。
そんな疑問を胸に抱きつつも、僕はいつもの様に姉の行政の間に入り、部屋中に散らかした書物を本棚に入れていく。
(片づけができない病気にでも罹ってるんですか我が姉上は)
心の中で愚痴が漏れる。
本棚の前の、椅子にふと腰かけた時だった。
「凄く楽しそうじゃないか~、ししっ」
聞きなれた、煽り気味にとらえられるであろう声色の主が、いつのまにやら後ろの本棚に座っていた。
「ベル、こういうのは”多忙”っていうんだ。言葉をご存じない様子」
ちょっとだけ、煽り返してやるとベル――ベルゼブブはこれまた楽し気に口を抑えて笑い出した。
「うんにゃあ、僕の複眼にはどの角度から見ても充実してると見えるよ?」
自分の目を指さして、ベルは笑う。
「じゃあ、この充実した生活の一端を分けてあげようか?」
ふざけ気味にそう返すと、ベルは少し考え込んだ様子で自分の口に指をあてた。
「ん~、じゃあ他に分けてあげるべき子が居るんじゃあないかな」
含みのある物言いだった。
「何が言いたい?」
視線をベルに合わせたままに、椅子から立ち上がるとベルは本棚の上から降りた。
「単刀直入に言うとさ、今までの事見てきたけどキマイラと一向に付き合ってから進展ないじゃんか」
放たれた直球の一言に、僕は正直に返す。
「でも、正直僕の事をなんであそこまで好いているのかがわからないんだ」
頭を掻いて、今までのことを振り返りながら言った。
「じゃ、きいてみる?」
あっけらかんとしていうベルに、僕は思わず慌てて答える。
「いやいやいやいや!! 訊けるわけないじゃあないか! 第一、もう俺の年齢考えてよ!?」
僕の反応を見て、味を占めたかのようにベルの顔がにやつきだした。
「おやぁ? 僕は”きく”とは言ったけど”訊く”とは言ってないよ? それにそんな反応をするって事は……………」
「うわああこんの一生子供体質があああっ!!」
気が付けば、僕は両腕を振り回していた。
「ししっ、おちょくりが過ぎたね。じゃあ、僕がさりげなぁく聞いてみるね?」
ベルがそう言うと、ベルは自分の体を蠅の群れに変え、窓の隙間から出ていった。
「お節介焼きの魔神様だなぁ」
窓を覗きながら、僕はそんな、心とは裏腹の事を言った。
(ここが確か魔獣属がたくさん住んでいる森だったかな)
ベルゼブブが向かったのは、魔獣属の魔族が多く生息している、テネブリス城隣に生い茂る”魔獣の森”。
蠅の大群の羽音さえも無音に聞こえるような獣たちの遠吠えが響く、暗い森の中をひたすらにベルゼブブは進む。
まっすぐと飛行していた時。
「ガアア!!!」
狼の様な姿をした魔獣が、突如ベルゼブブに襲い掛かる。
「うわあっと、何々?」
ベルゼブブは突撃を見てすぐさま狼型の魔獣の顔から塊になって動いていた大群を散らし、狼型の魔獣の背後で再びまとまり元の人間に近い姿となった。
すると、狼型の魔獣は木を蹴り方向転換し、ベルゼブブを睨む。
「ちょっとちょっと、僕は殺生する気はないんだけど?」
冷静に返すベルゼブブを前に、狼型の魔獣はよだれを垂らし、歯をむき出し続けていた。
「カンケイナイ、ココデハクウカクワレルカダ…………!!」
「食事ならもっとおいしいモノ沢山あるんだけどなぁ」
ベルゼブブが地面に立ち、顔を突き出すと再び魔獣は食らいつこうとする。
刹那、森林の藪から巨大な獣の姿が現れた。
獣が巨大な足で狼型の魔獣を殴り飛ばすと、狼型の魔獣は木に叩きつけられ―姿勢を直すとその場から走り去っていった。
「全く、我の縄張りで何をほっつき歩いている、ベルゼブブ」
巨大な、獣の影はまさしくベルゼブブが探していたものだった。
「ん~? ちょっと聞きたいことあってねぇ」
「…………ここのとこ、ユンガにぞっこんみたいだけど?」
ベルゼブブが両手をこすりながら訊くと、キマイラは腕を組んで答えた。
「それがどうかしたか、お前に関係はないだろうに」
「いやぁ、不思議だな~って思ってさ。君の事だからもっと強い子を番に選ぶかと思ってたのに」
キマイラは、あたかも当然のように言う。
「気に入ったのだ、ユンガのあの在り様に」
「と、いうとどんな?」
ベルゼブブが聞き返すと、キマイラは地面に突き出た岩に座り語った。
「己の未熟さを知りながらも邁進し、力の差を痛感しながらも己の意志を貫かんとするあの在り様だ」
「その意志、その精神性は――甘ったるい程の優しさがある。魔王の器達との歴然とした力の差、現実に打ちのめされようとも、なお跳ね退けんばかりの優しさ」
「それほどの優しさと、意志の強さはあやつにしかありえない強さだ」
そう語るキマイラの顔は、微笑みを浮かべていた。
「ふーん、まぁ君の好みは所謂身の程知らずが好きなようで」
「たわけ、ただの身の程知らずではないわ。ただの身の程知らずなら、何の望みすら持たんだろうよ」
「”筋金入りの身の程知らず” ”臆病を装った勇猛なる頑固者”とでも言っておくか」
キマイラの話を聞き終え、ベルゼブブは頷く。
(なるほど、要するに好感度は非常に高いという訳だね)
ベルゼブブが立ち退こうとすると、キマイラはベルゼブブの肩を掴んだ。
「おい待たんか、一応大事な事を聞いておかねば」
ベルゼブブが振り向くと、深刻そうなキマイラの顔が映った。
「何?」
「……ユンガに、想い人はいるのか、と」
それを聞きベルゼブブは、歯を輝かせて笑う。
「それは、本人に聞いた方が早いんじゃあないの? 僕暇つぶし程度にしか遊びに来てないしさ」
「そうか、それもそうだ。つまらぬことを言った」
キマイラが納得した様子を見届けると、ベルゼブブは体を再び変化させ――テネブリス城へ戻って行った。
「ほーれ、おーらいおーらい。頑張れユンガ、潰れるなユンガ」
「おーらいおーらいじゃなくてですね…………!」
ベルが出ていった後、大量の巻物や羊皮紙が城に届いた。
巻物や羊皮紙の内容は、各異世界の情報と具体的な各異世界ごとの外交内容の草案だ。
どれも、姉上が自ら赴いた場所から届いたものなのだけど、あまりにも数が多すぎる。
僕は、目の前で軽々と自分の体の数倍はあろうかという書類の詰められた木箱を片手で持ち上げながら、周りにそれを魔力で浮かばせる姉上を前に少し悔しさを覚えていた。
「おーい、苦労人王子様~」
黄緑色の愉快な友人の声がどこからともなく聞こえてきた。
「だれが苦労人だ」
言うと、僕が抱えていた木箱の上にベルが座りこむ。
「よいしょっ、聞いてきたよっと」
にやついた顔を、僕に向けて。
「で、どう言ってたんだ?」
「好感触。というか絶賛してたよ?」
ベルが木箱から降りると僕は階段を上り、行政の間の扉前の壁に積み上げた。
「しかしさ、君自身はキマイラの事どう思ってるのさ。長い付き合いな訳だけど」
「そりゃあ、好きだよ。強くて、なんだかんだ言って厳しいけれども優しいところとか。あと、もふもふで」
「でも、状況的に公の場で挙式してみろ。立場ってものがあるだろ」
姉の前、それも仕事を補佐している最中なので小声で、ベルに目線を合わせながら言った。
そんな中、耳打ちに交じる声が。
「何を話し込んでいる? ベル、ユン」
何も知らぬ、姉上の非常に気まずいタイミングでの声。
(いや、待てよ?)
僕は、賭けに打って出る事にした。
「実を言うと……………僕、結婚したい相手がいまして……………」
「? キマイラとやっと決めたのか?」
返ってきたのは意外な返事だった。
さも当然のように、言いのける姉上の姿に逆に僕がたじろいでしまった。
「いや、あの止めないんですか…………? 一言でも………」
「止める理由がどこにある、あ、そうだ。ただ一言申すとすれば………」
姉上は木箱を置き、体を僕の正面に向けると快活に笑う。
「絶対に、寂しい思いをさせるな」
そう語る姉上の姿は、明るくともどこか――物憂げに感じさせた。
「御意に」
僕は、誓いをその一瞬に籠めて、胸に手を当て跪いて答えた。
その様子を見て、姉上は頷くと無邪気に笑む。
このパターンは知ってる。
無茶な事を言う時の顔だ。
「じゃあ、近々余に姪っ子甥っ子の姿を見せるのだぞ!」
「勝手に色々一人で進めないでください!?」
「ししっ、良かったね~」
城の中は、そんな高らかな姉上の笑い声が響きわたった。
式が開かれたのは、その三日後。
場所は、テネブリス城城下町と魔獣属の棲む森の中間地点。
後に、”CHIJUN・ROAD”と呼ばれる場所で執り行われた。
式典会場は、魔獣属の森と城下町全体となり、魔族全体が僕らの結婚式に沸いていた。
式の前に僕は、悪魔属方式の結婚式か、魔獣属方式の結婚式で開くかをキマイラに訊くと、嬉しそうに言っていた。
”なんでもいいぞ。”と。
僕は、なんでも という言葉をいいことに、場所と形式を独自で考えて魔獣属の司祭、悪魔属の司祭に提案した。
式の内容は、悪魔属の宴と、魔獣属の儀式的な側面を合わせた結婚式となった。
悪魔属の結婚式のように、大々的に祝福を込めてご馳走を振る舞い、踊り最後に花火を打ち上げて、魔獣属の式の様に森を結ばれる二体で練り歩き、式の場へ戻るのだ。
悪魔属の場合は式服、魔獣属の場合は本来の姿――即ち獣の姿で闊歩するのだけど、折り合いをつけてお互いの私服で行う事にした。
宴に乗じて、ご馳走をお腹いっぱいにかきこむ魔族達。
様々な姿形を、思うままに動かし踊る民。
花火が打ちあがり、クライマックスになると、僕はキマイラの手を握った。
そっと、強く。
「いきましょっか」
照れた様子で、目線を僕から反らしながら――あなたは言う。
「……………あぁ」
紅い月が照らす、魔界の森を僕らは進んでいく。
これからも、こうして進んでいけるといいな、と強く――握った手の温かさに思った。
~おまけ~
キマイラとユンガの初デート時(プエルラが旅立つ前に撮られたもの)
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