一行は、教会を出て北へ二キロ離れていった。
教会から、逃げるかのように。
「あれで、本当に終わったんだろうか」
快は、言葉を零す。
「さぁ、問題はあの銀髪のおにーさんの方じゃない?」
棕が返すと、思い出したかのように快は反応した。
「そうだ、元凶の一つに心当たりがあるっていってた…………あれはどうなったんだろう?」
快は、ポケットにしまっていたカードを取り出す。
取り出したのは、ユンガとの契約をしたものだった。
「ユンガさん、応答を」
カードに話しかける。
しかし――カードはなんの反応も示さずにいた。
(何故? もうあれから二時間は経っている筈……………)
(不安だけれど、しばらく返事が返ってくるまで待つかな)
快がカードを再び戻した直後。
「快、顔が少し青いよ。大丈夫?」
快の顔を、覗き込むアイネスの姿があった。
「大丈夫、気にしないで」
快が微笑んで返すと、アイネスはそっと快の側から離れていった。
(これで目的は一部達成したけど……)
快は、深く瞼を閉じて思考を巡らせる。
時間にして、二〇分の思考の末、声が響く。
「ねぇ、息抜きしようぜ?」
棕の声だった。
「息抜きって?」
快がおうむ返しに問うと、棕は無邪気な笑みで答えた。
「いや、こう? なんかごたごたしたことばっかり起きてさ、気を張り詰め過ぎてないかと思ってさ」
棕の言葉に、快は我に返る。
(思えば、確かに最近休めてないし…………いいかもしれない)
快は頷いて、言った。
「じゃあ、どこへ行く? 街は壊滅してしまったし、遊べるような場所なんて…………」
快が返すと、棕はにこやかに言い放った。
「あるよ、とっておきの息抜きの場所が!」
棕が指さした先には――都市の入り口ともいえる、摩天楼群があった。
「町って、一つだけじゃなかったんだ」
アイネスが呟く。
「そうそう! おいで、ゲーセンまでひとっとびだ!」
棕が快の手を思いきり引き、数々のビルのそびえる街中へ飛び込んでいくと、アイネスもそれを追っていった。
一行が田舎道から横断歩道を渡っていくと、ショーウインドーと街路樹に挟まれた、若者でにぎわう歩道へいよいよ進む。
ショーウインドーに映し出されるのは、戦ってきた己らの姿。
「ほらほら、遅いよ、しまっちゃうじゃんか!」
快の手を引っ張り、陽に照らされた棕の笑顔は眩しく。
快はそんな棕の様子を見て、はにかんでいた。
(みんな楽しそう………”ゲーセン”ってなんだろ、見てみたいな)
アイネスが期待を胸を弾ませていると、棕と快の足が止まる。
「ここ! いつも世話になってんだ!」
辿り着き、目の前のそこにあるのは、若干さび付いた看板を掲げた、ゲームセンターだった。
古めかしさを醸し出した看板の下の自動ドアは、透明になっており、快が足を延ばすとすぐさま反応し中へ迎え入れた。
店内は、看板から匂わせる雰囲気とは相反して色とりどりなゲームが並んでおり、親子連れの客がちらほらと居た。
「やっぱここだね~! ねぇねぇ、何するよ?! とりあえず初手はメダゲーっしょ、お金はうちが払うよ!」
店内へ入るや否や、棕は興奮し快とアイネスに目線を合わせる。
「じゃあ、このシューティングゲームやろう!」
快が注目したのは、台座に火縄銃を模したコントローラーの置かれたアーケードゲームだった。
「お、”DEAD OR ALIVE NOBUNAGA”ね! やろやろ!これ最大四人同時プレイ可能なんだよね~!」
快がコントローラーを手に取ると、アイネスは隣に立ち、棕はいつの間にか百円硬貨を四人分台座に入れていた。
「アムドゥ! 遊ぶよ!」
棕が元気よく言うと、ポケットの印章封印札からアムドゥシアスが飛び出し、すぐに火縄銃を構えた。
「今回こそは、カンストしますよ!」
アムドゥシアスは意気込む。
「よくわかんないけど、見よう見まねで」
一方で、アイネスは他三人の操作を見ながら操作していた。
「ゲーマーの実力、見せてやる!」
快がコントローラーのトリガーを引くと、ゲーム開始の文字が台座の正面に置かれた画面に表示される。
「いうて引っきーっしょ? こちとら世界出てるんでね! 体力ならこっちが上手なの!」
棕も同時に、トリガーを引くとオープニング映像が流れ敵キャラクターが画面いっぱいに出現した。
火縄銃の照準を合わせ、三人はトリガーを引き、敵を倒していく。
それを見てアイネスは三人に遅れたペースで、敵を撃っていった。
「ヘッショコンボ!! ふっふー! 五十六キル!」
「甘いですね! 六十キル!」
「ぐぬぬ………四十八キル…………コンボはともかく、僕はボーナスアイテムも拾ってるんだ、負けてたまるか!!」
「ばん、ばん…………十二とか十三とか出てるけど、これでいいのかな」
四者四様に、白熱しゲームに興じる。
そこにはもはや紛れも無く、種族や年齢、病を越えたものがあった――。
「っしゃおらぁい! フルコンボ!!」
ゲームをクリアし、台を思いきり叩く棕。
「クリアタイムですかね……………今日もカンストならず」
アムドゥシアスは対して、そっとコントローラーを台に置き戻し、汗ばんだ手を振っていた。
「だめだぁ~、二人ともヘビーユーザー過ぎないかな?………百コンボで切れた時は焦ったし………」
快は汗で全身を濡らし、息を切らす。
「……………たのしかったぁ」
エンディングを最後まで見終わり、アイネスは、ゲームでの勝負の反動に燃え尽きた三人を差し置くように目を輝かせ、コントローラーを置いた。
「ええい、次のゲームで勝負だ! あの音ゲーで!」
快は切らした筈の息を早急に整え、指を伸ばす。
伸ばした先には、ギターを模した形状のコントローラーが置かれたゲームがあった。
「ぷっ、プロに勝負挑むとかすげぇな。その根性、嫌いじゃないよ!」
鼻で笑いながら、棕はギターを構える。
そして、快は台座の前のディスプレイを撫で、演奏する曲を選択した。
選択した曲は―――。
「blue rose chein ! あなたの曲で、あなたを越える!」
快は高らかに宣言する。
「いいよ、そうこなくっちゃ! だけど、思い上がりってこともあるんじゃねぇ?!」
宣戦布告を受け、ギターの音が、ゲームセンターに広がっていった。
その一連のやりとりをアイネスとアムドゥシアスはアイスクリームを食べながら見ていた。
「気分だけアムドゥに合わせる。あ、快、頑張れ~」
「魔術で出来たアイスとは……棕も手加減するのですぞ~」
そういった傍から、演奏は始まっていた。
凄まじい弦と弦のデュエットは、熱気さえ生んでいる。
時間にして、約三分後。
決着は、ついてしまった。
「……………うちの曲なのに……………一万点中百スコア差で負けた………………」
コントローラーを台にかけ、棕はその場で膝から崩れ落ちた。
「伊達にいつも聞いてないもんでね! もう覚えてるから!」
快は、額から雫を滴らせ、ピースサインを見せる。
勝負を見ていたアイネスとアムドゥシアスはただ、拍手をするほかになかった。
「おお」
「オリジナルを超える、模倣とはなんたる奇跡。もしや音楽の才能があったり?」
アムドゥシアスがよると、快は崩れた棕に手を伸ばしながら言った。
「音楽の才能なんてない、ただ大好きなものを真似しただけ。いい曲を作る事は、なるそーにしかできないことだからさ」
「…………うー今に待ってろ、誰も真似できない曲つくってやるから」
棕は立ちあがり、快の肩をぽん、と叩く。
「へへっ……………あ、トイレ行ってくる。みんな、待ってて!」
「おう」
快は、人混みの中をかき分け、トイレの方へ向かった。
男子トイレへ着き、用を足し終えると――。
「よぉ、お主がか」
何者かの声が、背後から聞こえてくる。
「…………どなたですか」
快が後ろを向くと、そこには誰も居らず、トイレの薄汚い茶色に染まったタイルだけが広がっていた。
「なんだったんだ?」
焦るように、快がトイレを出た瞬間。
「少年、無視は困るぞ?」
声が再び、快の脳を支配する。
「誰だ!? 悪魔か!」
反射的に言うと、笑い声で返されていった。
「俺が悪魔? 笑わせるな、俺は断じてそんなチンケなものじゃあない」
「なら、姿を表せ。話はそれからだ」
快は指輪を構え、人ごみや目に映る全てを睨んだ。
「互いに敵か味方かわからぬのに、一々手の内を晒すような真似をするかね。そう、その指輪とてそうだ。俺ならもっとうまく扱えように」
声に、快は寒気を催す。
(こいつ……………この指輪を知っている?! どこからどこまで………………)
「指輪の事なら、少なくとも少年よりもはるかに存じているが?」
「こっ………心が読めるのか?」
「あぁ、もっとも、これは俺らの特権だが、ね」
快は、走り出した。
店内を駆け巡り、仲間の元へと。
(まずいまずいまずいまずいまずい!!!!)
日常から一変し、またしても深淵へ足を引きずり戻される。
翻弄される運命に、抗う術は今は無し――。
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