午前九時。
風そよぐ青一色に染められた田んぼの前で、一行は二手に分かれる。
「んじゃ、そういう訳だからここからは別行動だ」
ソロムが快に告げると、快は頷いた。
「解った」
それを見て、ソロムは隣に立つユンガに視線を合わせる。
「おっし、ユンガ、案内してくれ」
「あぁ。移動してるかもしれないが……………付いて来てくれ」
そう言ってユンガは地面を蹴り、跳躍させ、屋根を飛び越えていった。
それに続いて、ソロムも同様に一蹴りでユンガを追っていく。
残された者達はただ、ソロムとユンガを黙って見送った。
「で、うちはどうすればいいわけ? 勢いで同行するって言ったけど」
棕が快とアイネスを向くと、棕の背後で翼をはためかせ、浮遊していたアムドゥシアスが反応する。
「なっ、何も考えずに行動するなと昔から言ってますでしょうに! そんな風だから、スケジュールがカツカツになりがちなんですよお解りですか!?」
アムドゥシアスが棕の耳元で叫ぶように言うと、棕は若干の笑みを含みながら両手で耳を抑えた。
「逆にさ、そのおかげで毎日が楽しいんだよ! わかる? これ才能っしょ!」
子供の様に返す棕を前に、更にアムドゥシアスの小言が加速していく。
そんな一人と一体の様子を見て、アイネスは呟く。
「これが日本の大人と、その大人を育てた悪魔か………なんだか、緩いね」
「だね。でも………そんななるそーも何か可愛い!」
アイネスに快が言うと、アイネスは無機質にため息をついた。
しばらくやりとりを見続けて、快は咳ばらいをし周りの人間と、アムドゥシアスに伝える。
「とりあえず、この近くの探索をしよう。えと、棕さん………このあたりの事で、何か事件とかありましたか?」
「事件………」
棕は、腕を組み、思いに耽った。
「特に何にもなかったけど、ただ………宗教勧誘がくどいなここいらは。しかも………」
「皆、変な事言ってたな」
棕の発言に、快は棕の顔を向いて問う。
「変な事、というと?」
「いつもの勧誘の決まり文句なんだけど、悪魔を道具とし、神を冒涜し、人類を廃する事で、選ばれし人類はより進化を遂げる…………ってさ」
快は鼻で笑いかけるが、棕の背後を飛び続けるアムドゥシアスとポケットにしまったカード、これまでの出来事を重ね、こみ上げたものは戦慄へと変わった。
「じゃあ、どこからその勧誘って来るんですか?」
「それが、わかんないんだ。っとに毎日懲りずにどっから湧いてくるんだか、あー気持ち悪」
うんざりした様子の棕に、快は更に訊る。
「じゃあ、勧誘に来る人はいつ頃、どんな格好で来るんです?」
「んー、バラバラ。早朝に来る事もあれば、深夜にピンポン鳴らす事もある。んで、恰好が…………」
「白装束で、首にタコの脚みたいなタトゥーをしてる」
「タコの、脚…………?」
その答えに、快は固唾を飲み、確信する。
その宗教を追う事で、元凶へと近づく、と。
「その宗教……僕らの病気と何か関係があるかも。アジトを突き止めさえすれば、情報が一気に手に入れられる」
アイネスが快に顔を見合わせ言うと、快は頷いた。
「では、勧誘の方が来るまで家で待機というのは如何でしょう。あ、ワタクシは隠れていますので」
アムドゥシアスは地面に降り、飛行を止めて人差し指を立てて提案する。
快はそれを聞いて指を鳴らした。
「それだっ!」
「アムドゥこういう時有能だよなマジでさ」
舞い上がる快。
対して棕は、感心した様子で目を丸くした。
「こういう時ってなんですかこういう時って! ワタクシは十二分に有能のつもりですが!?」
「はいはい。じゃ折角出たけど、またうちの家にしゅーごー」
頭の後ろで手を組み、棕が自分の家の玄関へ向かうと、列をなして快とアイネスは玄関へ入っていく。
靴を脱ぎ、一行は和室へ入って互いに日常の事、非日常の事を言い合い、談笑し時間を潰していった。
「バエルと契約してた頃、僕何度も食われかけて……………」
「バエル様と契約!?」
「なんとか倒したけど、しつこかったなぁあいつは」
「はぁ!? あなたみたいなお子様が!?」
「なぁ、バエルってやつそんな強いの?」
「とんでもない! あのお方は戦績こそアレですが、あのルシファー様やベリアル様、ベルゼブブ様の三魔神に引けを取らない化け物染みた脅威度のお方ですぞ!?」
談笑の果てに、時間は、過ぎていき――。
「でさ~」
「へぇ、あ、そうそう……………」
快が何かを言いかけた瞬間、時計の時刻が午後二時を刺す頃―――来客のインターホンが家中に響いた。
「寛大聖教の者ですが、お時間よろしいでしょうか」
しわがれた、老婆の声が玄関先から聞こえてくると、快は立ちあがり、真っ先に玄関へ向かっていった。
「こんにちは」
閉じられ、鎖のかかった玄関扉と壁の隙間から覗く顔に快は目を向ける。
「こんにちはぁ、あんれま、お子さんいらしたの」
隙間から現れる顔は、一見穏やかそうな、ふくよかな顔つきをしたおばあさんの顔だった。
目線をしたへ下ろし、再び快は見上げ、観察すると、おばあさんは白装束を見にまとっている事に気が付いた。
(間違いない、この人が勧誘の人だな。……………待てよ、それなら――)
「あ、いえ、わけあってホームステイしてるんです」
「あらそうなの! しっかりしてるわねぇ~………ところで、ホームステイ先の人いるかしら?」
おばさんが家の中をきょろきょろと目を動かすと、快はおばさんに話しかける。
「あの、何かご用でも? 呼んできましょうか?」
快の言葉に、おばさんは嬉しそうに声の調子を上げた。
「まぁ! なら呼んできて頂戴!」
「はい、呼んできますね」
快は快く返事し、玄関から戻り襖を開けて、すぐさま棕に伝えた。
「勧誘の人が来ましたけど、ちょっと考えがあるんです」
「? 考えって…………?」
快は、そっとアイネスに目配せし、棕の下へ来させると円陣を組んで小声で考えを伝えた。
「………なるほど、理にかなってる」
「ほーん、理解。じゃアムドゥはカードに入れときゃいいか」
棕はカードを上着から出し、天井に向かって掲げた。
「アムドゥ、一旦入れ」
棕が命じると、天井の影に潜んでいたアムドゥシアスがそれに応じるようにカードの中に吸い込まれていった。
カードにアムドゥシアスが吸い込まれると、棕の身に纏っていた衣装は消え、元の普段着へ戻った。
「何故、衣装が消えるんです?」
「衣装は、アムドゥシアスの魔力で作られたもんだからな。戻っちゃうんだ」
快がそんな会話を交えながら、襖を開けて玄関へ向かうと、棕は鎖を外し扉を開けた。
「あい、なんか御用で?」
気だるげに出迎えると、おばさんは棕に一礼する。
「どうもこんにちは、ところであなたは……………お悩みってございませんか?」
にこやかにおばあさんが訊ねると、棕は興味ない素振りで返した。
「悩み? いまんとこありませんよっ。おかげさんで幸せなんで、あい」
「でも、人間の身体って何かと不便ではありませんか? 例えば、病気もするし、指なんか折ったり切ったりしたら痛いし中々治らないじゃないですか」
そう語るおばあさんの目は、爛々と妖しげに光っていた。
棕の後ろで、おばあさんの姿を見ていた快はおばあさんの服の襟から見える首筋にあるものを見つけた。
自身の身に宿る痣と、同じものを。
「当たり前じゃないっすか」
棕がため息と共に発言すると、おばあさんの笑みはより顔にしわ寄せていった。
「ですよね、でも、”主”があなたを気に入ってくだされば、二度と痛みも感じる事はないんですのよ」
おばあさんはほほえみながら、白装束の袖を捲り、自らの腕を棕に見せた。
「ほぉら、ごらんになって。私去年交通事故で腕を無くしましたけど、寛大聖教の方々に拾っていただいて今はこの通り! 腕が生えてきましたの!」
「腕が……………生えるだって? とりあえず、あんた方の教団の活動を見せてもらっていいですかね」
棕の棒読みの声に、おばあさんは笑んで手を合わせた。
「きっと、気に入りますわ! 案内しましょう! ……………あ、もちろんそこのお坊ちゃまも!」
怪訝に顔をしかめつつ、一行は白装束のおばあさんについていく。
その先にあるのは、答えか、否か―――。
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