禁忌の召喚者 第七話 何故 i be fighter? 歩みゆく next stages

(ここは、どこだ…………?)

目を覚ました先には、非現実的な風景が広がっていた。

快の前に広がる、荒廃した風景。

殺伐とした景色に敷かれるは、枯れ果てた大地。

その上には曇天が広がり、陽の温もりは一切なかった。

快は、自分の体勢が横たわっている事に気付く。

起き上がろうと手足に力を籠めるが、全くもって動かなかった。

(確か、僕はバエルと戦っていて………死んだのだろうか?)

よぎる、死の予感。

しかし、それは一瞬で打ち砕かれた。

何故なら、快の体の感覚は失われていなかったからだ。

快が体を動かそうとすると、全身が何かに押さえつけられたかのように、力が抜けていった。

そうして悶えていると、空から漆黒の炎が下りてきた。

漆黒の炎は、激しく燃えながら徐々に周囲に熱を与え、地面へ下りる。

地面へ炎が着くと、一斉に眼前の光景全てを埋め尽くすほどに燃え広がって行った。

やがて、漆黒の炎は快の体さえも飲み込んでいく。

「うああああああ!!」

快の体に付いた炎は、快の手足を黒く焼き尽くした。

「助けて…………熱いっ……………助けて…………」

 助けを呼ぶ。

 しかし、孤独に声が響くばかりで、誰も来るはずもなく――声は消えていった。

「助け…………………て」

手足、胴体が焼失していくと、快の視界は暗闇に閉ざされていく。

それは、漆黒よりも暗く、光よりも鮮やかに―――混沌の沼へと落ちるかのよう。

視界が消え失せると、快の意識は再び途切れていった。

 「おい、快。 快! 目を開けろ」

 体を揺さぶられ、目を開けると薄っすら、見覚えのある顔が見えてきた。

ソロムである。

 「…………えぇっと………そうだ! バエル!」

快は飛び起きようとした。

しかし、腹部と背面からの激痛に阻害される。

「いだっ………」

「動くな。今動いたら…………死ぬぜ」

快は、唯一動く首を動かし、周りを見渡した。

辺りは、真っ暗になっており、壊した記憶のある車は原形を留めていない程に無残に破壊されていた。

その隣のビルは、自分がめり込んだ形跡がしっかりと残されている。

「相当、無茶したな。しかも、情報源だったのにまさか”殺しきる”なんて」

「殺しきる………? どういう事だよ…………」

ソロムは、快の右手を掌に載せ、快に指輪を見せる。

快は、その指輪にはめられた宝石を見て目を丸くした。

はめられていたのは、使用を禁じられた赤黒く光る宝石だった。

「……お前、これを使ったんだろ」

「む、無意識だったんだ…………」

快が言い訳がましくそう言うと、ソロムは返す。

「……………覚えてないのか、自分がやったことを。まぁ、それがある意味幸せかもな」

ソロムは、快の体を地べたに置くと、後ろを向いた。

「アイネス、修復はそれで限界か?」

快が奥を覗くと、そこにはアイネスの後ろ姿があった。

「今やってる、けど、駄目。魔力が足りない」

アイネスは、両腕を広げ魔力を放っている様子だった。

「ソロム、本当に………何が有ったんだよ」

痛み、軋む体を起こそうとしながら、問う。

「……お前は、この宝石の力を開放して瞬間的に魔王の器に匹敵、いや、それ以上の力を出して悪魔を葬ったんだ」

ソロムは、快を抱きかかえた状態で立ちあがった。

ソロムが後ろを振り返ると、快にとって信じ難い光景が広がっていた。

ビルは倒壊し、鉄筋コンクリートが剥き出しになっており、痛々しく道端に鎮座している。

快の目の前に映る地面のアスファルトは全て砕石ごと粉々に砕け、地盤にすら亀裂が入っていた。

その上に散乱するのは、自動車やトラックの残骸。

目の前の全ては、昨日の出来事の比ではない程の壊滅を映し出していた。

「………これ、バエルがやったの?」

快は、恐る恐るソロムに訊ねると、ソロムは鋭いまなざしで答えた。

「そうとも言えるが、そうとも言えんだろうな。いくらなんでも、この崩壊具合は異常だ。子供一人殺すのに、こんな力を出すと思うか?」

快は、ただ黙っている他なかった。

「とはいえ、お前が無事で何よりだ。ピンチだったんだろ?」

ソロムは快の頭を優しく撫でる。

一方でアイネスは魔力を使い果たした様子で、ソロムの下へ寄った。

「快を連れて、どこかで休もう。ここは、多分面倒な事になってくると思うし」

ソロムは頷く。

「そうだな、ホテルも何もかもガレキの下だし、こんな状態じゃ癒える傷も癒えない」

「快、そろそろ立てるか?」

ソロムが快を下ろすと、快は全身に力を入れた。

「いたっ……痛い。でも、立てるっちゃあ立てる」

快がおぼつかぬ足取りで立ち上がるとソロムは言う。

「見たところ、全身骨折と出血が激しいな…………うし、風のジェダイトを指輪にはめろ」

快は、震える右腕を動かし、宝石を挿げ替えた。

快が念じると、風の鎧とサーベルが出現する。

「装備したけど……なるほど、若干体が軽い、これなら動けるや」

「傷が治った訳じゃないから、無理はすんなよ。移動中に死ぬなんて洒落にならねぇ」

ソロムはそう言って、アイネスにジェダイトを投げ渡した。

「ほら、お前にも。 魔術師なら使い方はご存じだろ」

「Danke.」

アイネスは受け取ると、ジェダイトを両腕で祈るような形で握る。

すると、ジェダイトは自然と砕け散り、アイネスの体は風に包まれ、地面から離れて浮かび上がった。

「さて………今後、派手に動いても騒ぎになりにくいとこに行くぞ。俺についてこい」

ソロムはしきりにそう伝えると、倒壊し、煙を吹き上げ続けるビルの上を軽々と飛び移って行った。

快とアイネスは、その後ろをついていく。

「よっ、ほっ…………なんでわざわざ、こうして建物と建物の間に飛んで移動するのさ?」

「こうした方が、魔力を使わずに済む。それに折角身体を強化してるんだから、この移動法が一番手っ取り早い」

そうして移動し続け、一行は元の位置から一〇km離れていった。

辿り着いた先は、昨日まで居た都内とは打って変わった、静かに稲穂のそよぐ田んぼが目立つ田舎の住宅地だった。

(天護町って、こんなとこあったんだ…………町が広いとはよく聞いていたけど…………)

快は、到着した民家の屋根の上で座り込んだ。

「ここら辺が良いだろうな、よし。寝床も確保しに行くか」

ソロムは、民家から飛び降り、座っているアイネスと快に手招きする。

快は手招きされるままに降り、アイネスはしばらく空を見上げ続け、少しした後に降りた。

「寝床………あのホテルは物理的に潰れちゃったし、どうする?」

「当たり前だろ、野宿だよ」

当然の様に良い退けるソロムに、快は俯く。

「野宿…………か」

快は、何かを思い立った様子でアイネスに寄った。

「そうだ! あのアイネスの家に連れてって! あそこなら雨風に晒される事も無いし、暮らしてたならベッドもあるんでしょう?」

アイネスは、無機質なれど申し訳なさげに返す。

「ごめん、あれは魔力が無いと帰れない。僕、ホテルが安全と思ってたから……魔力を修復魔術に全部使っちゃって、残ってないし」

快は、それを聞いてがくりと膝から崩れ落ちた。

「うー、どうしても野宿かぁ………」

快の様子を見て、ソロムは自分の顎を撫でながら考える。

「…………どうしても、ベッドが欲しいなら………運が絡んでくるけど、ここはひとつ、一発賭けてみるか?」

そう二人に言うソロムの視線は、明かりの灯った、後ろにそびえる民家に向いていた。

「あー、ソロム? それって…………」

「黙って俺の話に合わせろ、嘘は附かねぇし大丈夫」

ソロムが言った瞬間、二人の宝石の効果が切れる。

「うぐっ………鎧が無くなるとこんなにつらいのか…………」

「おっし、丁度いい。んじゃ、快。こっちこい」

ソロムは快を背負った。

すると、ソロムはインターフォンを鳴らす。

インターフォンに誘われ、中の住人が迎えに来た。

「はい、えっと………どちら様で?」

出てきた住人は、眼帯をしており、黒髪を生やした中性的な外見の人物だった。

「頼む、俺の連れが大怪我しちまって……ほら、デカい病院あったろ? あそこも取り扱ってくれねぇし車も無い………手持ちの金も無い」

「どうか、一晩だけ厄介になれねぇか?」

ソロムは、背負った快が見える様に玄関口から、体勢を整えるふりをして後ろに下がる。

それを見た住人は、頭を掻きながら、気だるげにため息をついて言った。

「…………いいっすよ、あがってください。それと、弟さん? 見せてください」

(やったな快、これでお望み通り寝床ゲットだぜ)

ソロムは快へウインクし、快を玄関へ下ろした。

背中から降ろされた快は、床の硬さに反応を示す。

「いだっ!!」

快の血まみれの体に、住人は目を丸くした。

「うわ、今どき、こんなの無いっしょ………やっば」

住人は快の顔を覗く。

「君、生きてる? 目濁ってんだけど。おーい、大丈夫?」

声をかけると、快は返す。

「大丈夫………です」

快が答えると、住人は快の体を抱えた。

「大丈夫じゃないっしょ、いい子だな。弟さん、ちょっと応急処置しますんで、もう靴脱いであがってください」

ソロムに言い、住人は奥に見える階段を駆け上って行った。

ソロムは、それを見ると外で待っていたアイネスの手を引き、階段の隣のふすまを開けて中へ入って行った。

一方、住人に二階へ連れていかれた快は、部屋のマットレスに寝かせられていた。

部屋には、大小様々な楽器が置かれており、その中には有名なロックバンドのCDアルバムが飾られている。

アルバムに描かれていたのは、鳴深 棕。

(………あ、なるそーの五周年記念限定アルバム…………しかも未開封…………)

快がCDに気を取られていると、住人はどこからか救急箱を取り出していた。

「気になる? じゃ見てて。ちょっとじわってくるから」

住人は救急箱の中からボトルを取り出し、ボトルの隣に置いていた綿にボトルの中の液体を染み込ませる。

染み込ませた綿で、快の手足の傷を消毒していく。

「痛っ………」

快の体がピクリ、ピクリと反射的に動くと住人は快の頭を撫でた。

「大丈夫大丈夫、あとは包帯巻くだけだから」

住人は穏やかな口調で、快の服を脱がしていく。

露わになったのは、痛々しく裂傷した肌。

住人は、傷ついたその肌を前に眉をひそめる。

「ひっで……これありえないっしょ………君、一体何したんだよ」

「―――それは」

快が口を開こうとすると、住人は包帯を手に取りながら、顔を横に振った。

「いいよ、痛かったろうし、辛かったろ。ごめんね、変な事聞いて」

「ほら、ちょっち起きな」

背中を起こすように促す、住人の顔はどこか物憂げに快を見つめていた。

快が背中を起こすと、住人はただ黙って、包帯を体に捲きつける。

「すみませんね、こっちの事なのにここまでしてもらっちゃって」

快が申し訳なさそうに言うと、住人は快の頭を撫でた。

「子供がそんな事言うもんじゃないよ」

住人は笑顔を快に向ける。

 その笑顔は、長く冷たい、戦の時間を忘れさせるものだった。

「ありがとうございます………」

「気にしないでっていってるだろっ」

 住人は、一通り包帯を巻き終えると立ち上がった。

「よし、まどうしてもお礼がしたいならさ、いい大人になってから、考えろって話。ただうちはやらなきゃって思ったことをしただけ」

笑って、住人は言う。

「あの…………お名前を教えてください。命の恩人なので…………」

快は住人の去り際に名前を訊く。

すると、上を見つめて住人は答える。

「あー、”そう”。そうって呼んで。んじゃ、夕ご飯作ってくる。動けなかったら持ってくるよ」

(眼帯……低めの声……………それに”そう”って名前………)

途切れかけの意識の中、快はふと思考を巡らせる。

(まさか、なるそー本人だったりして、なんて)

そう思った次の瞬間、下の階から歌声が聞こえてきた。

『bleakdown! get out ! and over here! come on!this is not fate this is not destiny~』

歌声は、快の中での疑惑を確信へと変える。

(え、この曲Blue rose chainのサビじゃん………声真似とかじゃないよね……………嘘嘘嘘嘘!?)

(てことは、僕推しに看病されて推しの家に上がり込んでるって事?! なわけないよね!?)

瞬間、快の脳内は、正に光速となっていた。

光速が鎮まる頃、快の顔は赤面に染められた。

「おーい、君。飯できたよ、お兄さんと……弟? と食べる?」

「わっ!」

快は、声をかけられ傷を忘れ、その場から飛び上がる。

「た…………食べます食べます!」

慌てた様子で言う快に、そうは笑う。

「なんだ、元気じゃんか。んじゃ、おいで」

快は、そうに連れられるまま階段を降りていった。

降りていき、連れられた先は和室。

そこには、小さなちゃぶ台が置かれており、その隣には雑誌が山積みになっていた。

山積みになった雑誌の更に隣で、アイネスとソロムは座っている。

アイネスは真っ先に、快の後ろに立つそうに言う。

「僕の大事な仲間を救ってくれてありがとうございます」

そうは、それを聞いて照れ臭そうに鼻をこすった。

「何度も言わせるなって……やらなきゃな事しただけだって」

「よし。んと、ちょっとまってね子供達~……………」

そうは、ふすまを閉めてどこかへと去って行った。

後ろを向いて、それを確認すると快はちゃぶ台の前に座る二人に話しかけた。

「ソロム、アイネス、気づいた?」

快が二人に顔を向けると、二人は頷く。

「………お前も気づいたか」

「まさか、快君も気づくなんて思いもよらなかったよ」

 三人は、声を合わせて発言する。

「「「ここいつなあくせまのけいいやえくだよ!!」」」

しかし、揃わず。

「えっ、なんて言ったのみんな?」

「お前こそ、なんつったんだよ快」

「話題が共通してるかと思ったら、噛みあってなかった」

三者三様に顔を見合わせ、各々首を傾げる。

 快は、手を上げて発言した。

「まず、僕から言うよ、まずここ…………」

二人はうんうん、と頷く。

鳴深 棕なるみ そうの家なんじゃないかって事!!!」

声を大にして、快が言うとソロムは再び小首を傾げる。

一方で、アイネスは無反応だった。

「は? いや待て、世界的なロックスターなんだろ? 俺所謂にわかだけど、少なくともこんな田舎に住むようなタマじゃないだろうに」

「同感。もう少し休も、快」

 二人が否定的な意見を出したところで、快は黙って座り込む。

「じゃあ、お二人の見解をどうぞ?」

膨れっ面で快が言うと、ソロムが手を上げる。

「はいっ、”缶ジュースは絶対無”党所属代表です」

「何故勝手に代表に。しかも、なにそれ…………どうぞ、ソロム議員」

呆れた様子でアイネスが突っ込むと、ソロムは手を抑え、笑いをこらえた。

笑いを咳払いでいなすと、ソロムは真剣な表情で語る。

「………あいつ、へらへらしてやがるが悪魔の契約者だ。しかも、天使の力も持ってると見た」

「同上、僕もそう思う」

 浮かれていた快の背筋は、仲間たちの言葉によって再び戦いの場に戻されていく。

新たに現れた者は、敵として刃を交えるか、はたまた――――?

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