ー孤独なる魔王一七話ー再臨ー

 それは、衝撃だった。

幼き少女の放った、情動だけを煮詰め、己の魔術と化して顕現させた、召喚魔法というにはあまりにも特異なもの。

その姿は、まさしく彼の者を彷彿とさせた。

屍の山を築き上げ、刃の雨を降り注がせ蹂躙していく様に誰もが”あの男”を重ねた事だろう。

ドラキュラはそこら中に散らばる同族の屍を見下ろしながら、手を震えさせていた。

「キマイラ……何があったと……?」

プエルラは自身に倒れ掛かったユンガを抱きながらキマイラに歩み寄った。

「……プエルラ、お前は何も覚えていないのか?」

キマイラは緊迫した様子で口を開く。

しかし、プエルラは周りを見渡すばかりでなにも覚えている様子は無かった。

自身の、行いさえ。

「プエルラよ、落ち着いて聞け」

キマイラは重々しく、語りかけた。

「プエルラ……ユンガは暴走したお前を止めたんだ。必死になってな」

キマイラはそういうと、プエルラが抱きかかえたユンガの頭を撫でた。

「暴走って……?」

「そうだ……ちと、苦労した様子だがな」

”苦労した”、その言葉を聞きプエルラは胸元のユンガに視線を向け頭を撫でる。

「……また、私ユンガに……」

その眼は、雫を孕んでいた。

「一度、城に戻ることだ。 その程度の傷ならば幼いユンガとて一日あれば治るだろう。だが……問題はお前だ」

「”私”……が?」

プエルラは一瞬その言葉に怯む。

そのプエルラの姿には、先ほどまでの鬼神の如き形相と覇気が消え去っていた。

「……後日、この場で再び会おう。 ちと提案があったのだが、今のそなたは心身ともに傷ついておろう。さらばだ」

キマイラはそういい終えると、片腕を上げ自軍に仲間の死体を持つように促し、翼を広げドラキュラと共に魔界の空へと消えていった。

空には暗く、重い滴が降り注いでいた。

「……私は、どうすれば……」

内に秘めたる、自身の知らない”何か”。

それは、徐々に体を蝕み、心を蝕んでいることにプエルラは気づいた。

プエルラは抱きかかえた弟の体を見て、ただ茫然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 __「馬鹿な、奴があの病に?」

ドラキュラ城会議室にて、人間に敵対する魔族の王が集まる中、ベリアルが声を荒げる。

「そうだ、小娘とはいえまさかとは思ったが……な」

キマイラは席に座り、翼を折りたたみ獣の姿をとり、ベリアルから目をそらしながら語った。

「おいおい、先ほどから病病と言っているが、病とはなんだ? 我にもわかるように説明してくれ」

ドラキュラはテーブルに足を置きながら、顔を居合わせた他の魔族に目線を向けた。

すると、会議室はしばしの沈黙に包まれた。

「反転浸食病、だ」

沈黙を先に破ったのは、ルシファーだった。

「自分の持ってる属性と、真逆の性質を無理やり撃ち込まれることによって罹る……優秀な魔族しかなりえないと言われている病だ」

ルシファーは淡々と、ドラキュラに視線を送り、語る。

「まて、だとしたら全員それに罹っていてもおかしくないだろう? 何故……」

テーブルから足を下ろし、ドラキュラは質問を続ける。

「……これに罹る魔族は、稀なケースだ。魔族の中でも保有する魔力量が多い魔族の中で、たまたまあの娘が選ばれただけ……厄介なことだ」

ルシファーは歯を食いしばり、顔をドラキュラから背けたのを最後に対話を終えた。

「結局、小娘はどうする?」

これまで黙っていたダークリザードマンが口を開く。

「それだ、あのプエルラを我々の同盟に加えるか……」

ドラキュラは指を鳴らし、他種族の王たちの様子を伺った。

「我の意向だが、プエルラを連れていくことに変わりは無い」

キマイラは声高らかに言った。

すると、ダークリザードマンがキマイラに目線を向けた。

「まて、あの不安定さと幼さだぞ……反転浸食病を患っている身だろうに、戦場へ赴かせるというのか」

舌を口から覗かせ、向けた視線を鋭くさせていた。

「病に臥せてもおかしくない身でありながらもあの魔力……いや、あの病に適応しているように見えたあの姿を見てな……なおさら欲しくなった」

キマイラはその場で牙を剥き出し微笑んだ。

「要するに、あの人間を叩き潰してぇから俺らはこうやって集まったんだろ、違うか?」

ベリアルがキマイラとリザードマンの会話を遮るように口を挟んだ。

その顔にある、引き裂かれた片側の口を下へ歪ませながら。

「そうだが、ベリアル……あの人間の力は我々の知っている人間のそれとは大きくかけ離れている。恐らくだが、今の悪魔属の軍団を総動員させても返り討ちにされる事だろう」

ベリアルの隣の席に座りながら、ルシファーは顔を曇らせる。

「古の”光”の魔術……まさかそれを人間が扱うとは……私もいささか慢心が過ぎたか」

「ハハッ、おいおい光の力を使うこと自体ありえねぇんだから……仕方ねぇだろ」

ベリアルは頭をかきながら、ルシファーに言葉をかけた。

それは暗い、声色だった。

「光……か。しかし、どこでそんな力を得たのか」

ダークリザードマンがふと、誰にも聞こえぬ声で呟いた。

「炎、雷、風、岩、氷、水……人間が扱い、その身に宿す属性としてもこの程度であろうにな」

キマイラは忌々しげにルシファーとベリアルに語り掛けた。

「それらの元となる原初の属性たる闇と光……闇と光はそれらの属性の悉くを凌駕し、無効にさせるが__

「闇と光双方は打ち消しあう……」

ドラキュラは目の前のテーブルを爪で軽くたたきながら、意味ありげに瞳を正面から反らす。

「ドラキュラ、お前元人間だろう? なぁ、一つ提案だ」

ベリアルは人差し指を立て、何かを思いついた様子でドラキュラに笑みを見せた。

「……なんだ……悪魔」

瞳を妖しく輝かせ、ベリアルは突然テーブルの上を獣の様に四足で歩き、奥の席についているドラキュラの顎を爪で撫でた。

「……お前が、あいつの戦力を奪え」

「なっ……俺に全てやらせると?」

慌てる様子のドラキュラを前に、不敵な笑みを浮かべその場でベリアルは立ちあがった。

「プエルラの嬢ちゃんをキマイラが誘ってる間に、お前らがまずあいつの居場所を特定するんだ。そして、手当たり次第に支配下にある地域を滅ぼせ」

「そして、戦力を落とした状態であの男の本拠地で全戦力をけしかけると……お前にしては良い考えだ」

ルシファーはそれを聞き、足を組み、笑みを浮かべて賛成する。

「ただし、真っ向勝負をするのは俺様だ、他の雑魚だとか建造物の破壊はてめぇらがやれ。いいな」

テーブルの上を思いきり踏みつけ、音を鳴らし周りに言い放つベリアル。

「……やれやれ、ならば一番槍は貴様に譲ろう」

キマイラの余裕を持った様子での快諾。

それにならうかのように、各種族の王は沈黙を以てそれを許した。

「あぁ、一番槍で終わらせてやる。精々破壊だけしてろ」

「とにかく、これまでの話からして、俺が先に人間界へ行けば良いのか。良いだろう」

ドラキュラは席を下げ、立ち上がり片腕から魔法陣を展開する。

すると頭上に現れた魔法陣から、複数のコウモリが現れ群れをなして竜巻状にドラキュラの体を包み込む。

「目的は、偵察と占領した土地の無力化だな。俺の怒りを見せてやろう……!」

コウモリ達が体を包み込んでいくと同時に魔法陣と共にドラキュラの体をゆっくりと消し去っていく。

そして、とうとうその場からドラキュラは姿を消した。

「さて、そろそろ頃合いだろう」

魔界の空は、紅い月を映し、夜明けを告げていた。

__三時間が過ぎた後、東魔界悪魔属城”テネブリス”城にて。

玄関の階段を上がった先の、長い廊下を左に曲がった先にある寝室には、五m程の大きさのベッドが置かれていた。

幼く、小さな悪魔が使うにはあまりにも広く、大きなベッドに二人は身を寄せながら横たわっていた。

先に目を開けたのは、プエルラだった。

「……おはよう、ユンガ」

 頭を撫で、まだ眠っている弟にあくびをしながら。

プエルラがベッドから下り、隣に置かれた鏡台に立ち髪をとかしていると、玄関から何かが衝突したかのような音が響いた。

「……まさか」

プエルラは魔術を用い、瞬時に寝間着から普段着ている服の上に外套を羽織り玄関へ向かった。

「おはよう、プエルラ嬢……今日は素晴らしい日になろうよ……お前の返答次第だが」

玄関で人型の姿になりながらも、今着いた様子で背中から飛び出している翼がそれを物語っていた。

「要件は何?」

プエルラが訊ねると、キマイラは牙を剥き出し笑って答えた。

「昨夜の事は覚えておろう? プエルラ嬢に告げなければならぬ事がある。それと、とある提案だ」

キマイラはプエルラに歩み寄り、プエルラの目の前でしゃがんだ。

「……まず告げなければならないことについてなのだが……お前は、”反転浸食病”に罹ったんだ。それ故に、あそこまで狂暴化したのだ」

キマイラから告げられたのは、自身の身を侵し続けているものの正体の名だった。

「反転浸食病……?」

「そうだ、稀に自身の宿す属性と真逆の属性を無理矢理何らかの方法で植えつけられることによって罹る病だ」

キマイラは立ちあがり、両腕を広げ、魔力をこめはじめプエルラに説明を続ける。

「まず、水属性と炎……これらは交わることなくお互いを打ち消しあう。これは解るだろう?」

そう言い、キマイラは左掌に火球を出現させ、右掌に水の球体を火球と同様に繰り出した。

「しかし、その者の保有する魔力と属性によっては交わってしまい魔力を奪い取りながら体を侵す病と化す事がある」

「体の核となる属性……プエルラの場合は”闇”が、外からの属性に対しての抗体として光に抗い続け、膨大な魔力をでたらめに消費してしまう。これがお前の数々の不調の原因だ」

キマイラは症状の原因を語ると両腕に出現させた魔術をぶつけ合わせた。

すると、火球と水の球体は煙を噴き上げた後、やがてはじけ飛び消滅した。

「自分の性質と逆の性質をねじ込まれるのだ、それが毒となって体を蝕めば負担もかかる。お前の傷が時折発光し痛むのもそのせいだ」

プエルラは、淡々と語り続けるキマイラを前に、恐る恐る訊ねた。

「……待って、何故そんなことを知っているの?」

プエルラの口から発せられたたった、その一言にキマイラは一瞬黙り込んだ。

時間にして、五分の沈黙の後キマイラはやっと口を開いた。

「昔、色々あってな、こういう事に関して詳しいのだ。……こういう体という事もあってな」

プエルラはそれを聞き、キマイラの体をまじまじと見つめた。

「……大きい」

プエルラはその中でもキマイラの胸部へ目線を留まらせ、頬を膨らませた。

「であろう? 抜群の造形プロポーションという訳だ……ってじゃなくて……まぁ良いわ!」

館には、キマイラとプエルラの笑い声が響いていた。

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