全てが、終焉を迎え。
僅かな硝煙の匂いだけが、戦いの終止符に打たれた痕跡として残る、摩天楼群。
遠くでは、少年が無邪気に、煤に塗れた頬を拭い――これまでの旅に道連れにしてきた仲間達と語らっている。
「良かったな」
日の当たらぬ、路地裏の陰でその者は呟く。
道端の黒外衣をまとい、ため息を一息つくと、銀髪の人外はゆっくりと小さな背中へ向かっていった。
その時。
一瞬――ほんの、瞬き程の刹那。
人ならざる者の気配と殺気をグリードは感じた。
背後を振り向いたが、そこには何もおらず。
左右を確認しようとも、影すら見当たらない。
(まさか、またあいつか? いや、あり得ない……奴は確実に!)
グリードは顎を擦り、俯き思考を巡らせた。
都内、歩道の中心で立っていると――。
氷の刃が、グリードの首筋を襲った。
氷の刃は、頸動脈寸前で手刀によって砕かれ、破片が空中に散る。
破片に映るは、強襲者の姿。
「やぁ、“兄貴”、“お兄ちゃん”、“兄弟”、“兄さん”……?」
強襲者の笑みは、狂気に満ちていた。
そして、その強襲者の肌と瞳は――グリードに戦慄を叩きこむ。
息は乱れ、胸の鼓動は決死の如く響いて居た。
「お前、お前……はぁ……お前はッ!? 馬鹿な!?」
先程、倒した筈の者とは違う――過去に知った恐怖が、身を襲う。
強襲者は、笑みをたたえたままに、異形の右腕から伸びる爪をグリードに向ける。
グリードはただ、その爪の主の顔に瞳を震わせていた。
己の内に感情をしまい殺し、グリードはすぐさま爪を蹴りで弾き飛ばし、戦闘の構えを取る。
「お前、まだ生きていたのか……全く、俺達は嫌な糸で結ばれているものだな」
グリードは冷ややかに言い放ち。
高速で強襲者の細い首を狙い、手を伸ばした。
秒速ですら計れぬ、もはや瞬間移動に等しく、速度という概念から逸脱した襲撃。
その襲撃を、強襲者は解っていたかのように突進するグリードの腕を屈んで回避し――。
グリードの腹を右腕で貫かんとした。
(流石に単調過ぎたか!)
グリードはすぐさま膝で強襲者の右腕の爪を破壊し、破壊の衝撃で宙を舞う。
グリードの手が地面に着くと同時に、強襲者は右腕を上げたまま、倒れこんだ。
倒れこむ寸前、強襲者は膝を無理矢理折り曲げ、衝撃を殺して。
「流石だねェ! かっこいいねェ! この一撃相変わらずだねェ! ひひひひひははっははははは!!」
高く、掠れた声が空間に響く。
人ならざる者ですら、あり得ない体勢で。
痛みを、嬉々として受け入れているかのような様子だった。
「いきなり俺を狙って、何が目的だ? 復讐か――?」
グリードが立ちあがり、鋭く睨む。
緑に、輝かせて。
すると強襲者は骨を砕いたかのような音を鳴らし、背中を起こした。
「またまたぁ、随分と俗っぽくなったじゃあないか。昔はゾクゾクする程の不条理さだったのにさ――」
強襲者が言葉を発する前に、グリードは移動し、足を強襲者の前まで向ける。
その足裏は今にも、振り下ろさんとして。
「俺は質問しているんだ、お前が喋る番じゃあない答えろ。でないとその不条理さとやらでまた消し飛ばすぞ」
強襲者は、嬉しそうな表情を見せ、歪な、人に近い左手でグリードの靴底を撫でる。
「あははっ、ボクはね、グリード兄さんやジェネ兄ぃの邪魔にならないようにしてたけど……もうその必要が無くなったし、次はボクが動く番だと思ってさ」
「どういうことだ、教えなければ潰す。返答次第でも、容赦無くアスファルトの肥しになってもらう」
グリードは、憤怒と共に牙を剥き出すと、強襲者が語った。
「……これから、面白くなってくるってことだよ。全て計画通りに。楽しみにしておくことだ」
強襲者は、そう言うと一瞬、緑と黄色の瞳を輝かせる――と共に、空間の物質全てを置き去りにした左腕による連撃がグリードを襲う。
グリードは、瞬時に躱し、いなし、その一撃一撃を回避し、懐に近づいていった。
(宿主に、無茶をさせる戦い方をしやがって――!)
空気との摩擦によって、血肉が飛び散る事すら厭わぬ、強引に打ち出される拳の数々。
次第にそれは、グリードに――再会の恐怖を踏みにじる程の、静かな怒りを募らさせていった。
「だめだ、お前は――存在してはいけない。ここで奴と同じところへ、いや、消滅させてやる」
冷酷な、裁定を決した声を放ち。
グリードの漆黒の拳が、強襲者の顔面に到達する寸前――。
「兄さん、変わったね」
一言を告げる。
強襲者の言葉と共にやってきたのは、凄まじい冷気。
冷気は、グリードの眼前に容赦なく当てられ、強襲者による行動の自由を許してしまう。
「眼がッ!」
開き切った両瞳孔に、直撃した冷気は視界と集中していた意識を完全に遮断した。
(暴れ回ると、町が崩壊しかねない。再生まで禁断権を使って凌ぐにも、奴の場所を掴めなくなったら終わりなのに!)
グリードは、耳を澄ます。
しかし、足音すら聞こえず――耳には鋭利かつ、冷たい感覚があった。
(耳まで凍らされたってのか……!)
グリードは全身に魔術をかけ、高熱を放つ。
高熱によって、ゆっくりと頭部が解凍されていくと、視覚と聴覚を取り戻す。
その視界にあったのは、何の変哲もない、人々の行き交う歩道と電柱。
聴覚から伝わるのは、民衆の鳴らしゆく喧騒。
(あいつは、どこだ?)
人混みの中、念じて魔術を発動させる。
(“脅威測定解析眼”)
眼が光ると、魔術が発動し、視界に入る全てのモノの情報がグリードの脳内に入っていった。
その中に、交戦していた者と思しき情報はなく。
グリードは、魔術を解除させていった。
(全く、どいつもこいつも放っておいてくれないな……)
忌々し気に、グリードは一人拳を握る――。
これは、“それら”と関わってしまった者に降り注ぐ、呪縛の戦い。
強襲者の来訪は、誰にも知られぬ――開戦を告げる予兆に過ぎぬのであった。
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