第二章 第四話 家族

「おぉ、皆が帰ってきた」

 ギルバルトは、快を奥へ連れて行こうとした瞬間に、後ろを向く。

 急いで杖をつき、ドアを開けるとそれに釣られて快はドアの先へ向かう。

 すると、そこにはバスがグループホームの前に止まっていた。

 バスの開かれたドアからは、次々と子供達が下りていく。

 疲れを帯びた表情で、降りていった子供たちは、それぞれ快にとっては衝撃的な姿をしていた。

 見慣れてはいる。

 ただ――しばらくぶりに病院で見るような、姿だった。

 眼を包帯に隠した、車いすに乗って行く黒髪少年。

 その後に続くのは、松葉杖をつく茶髪の少女。

 少女が下りると、大きなカバンを二つ持った、イヤーマフをした少年が段差を飛び降り、少女に付き添う。

 快はギルバルトの後ろから少年の表情を伺ってみると、少年の瞳の焦点は定まっていない様子だった。

「春斗、大司、ちは、おかえり!」

 ギルバルトが声をかけると、それに気づいた子供達はギルバルトに顔を向ける。

「オーナーさん、ただいまです」

 先にやってきたのは、車いすの少年。

 車輪を手で回し、ギルバルトの足先を引きかけたところで、その車いすを止めて。

「おっと、春斗……前よりも車いすの運転が上手くなったな! おじさん嬉しいよ」

 ギルバルトが笑みをたたえ、その場でしゃがみ春斗と呼ばれた少年の髪を撫でると、春斗は顔に嬉しさを零す。

「そんなことないですって」

 そうして、撫で続けていると少女の声が快の隣にやってきた。

「ね、あなた新入り? すっごいアクセサリーつけてんね。……アクセじゃなかったらごめんやけど」

 快は、急接近され、かけられた言葉に思わず言葉を詰まらせつつ、対応する。

「あ、えと、そう……ですね。これもアクセサリーじゃないというかなんというか」

 が、出た応えはしどろもどろ、そのものだった。

「へぇ、あたしちは! 歩美あゆみちは! よろしくね」

 松葉杖を脇にさし、茶髪の後ろで結んだ髪を片手でかきつつ――活発に自己紹介をする。

 快に向けるちはの顔は、柔らかなものだった。

「あ、朝空 快きよそら かいです……これからよろしく、です」

 軽くお辞儀をすると、ちはは快に笑いながら言う。

「敬語じゃなくてええよ! ……新入りだってさ、たいちゃん。聞こえてる?」

 ちはが後ろを向く。

 その先には、イヤーマフをした少年が小首を傾げ、不思議そうな顔をしていた。

「ごめん、もういっかい、いって、いいかな?」

 少年は申し訳なさげに応えると、ちはがイヤーマフ越しにそっと耳打ちをする。

「新入り。新しくここに入るの、自己紹介して」

 ちはが言うと、少年は頷き、快の正面に立った。

 少年は、快よりも背丈が大きくも、ちはよりは幼く――外見的に、快の二、三歳上のように感じさせた。

山田 大司やまだ たいし、よろしくね。みみがよすぎるから、あんまりおおきなこえはださないでね」

「あっ、了解です。よろしく、快です!」

 快が大司に握手を求めると、大司は両手での握手をする。

 歓迎の意は、握る手の振り具合でもって示されていた。

「あっ、皆おいてくなです! ……というか皆、オーナーさんもそうだけど新入りが来るならなんであらかじめ言ってくれなかったんですか」

 それに対し、ギルバルトはただ後ろで笑う事しかできずに。

 快が大司とちはに囲まれていると、車いすの少年――春斗の登場を待っていたかのように二人は快の前で散り散りになっていく。

 春斗は、周りを見渡すかのように左右を確認し、しばらく無言になる。

 見かねた様子で、ちはが春斗の肩に手を置いた。

「新入りは、あなたの正面におるよ」

 手を置いた方を一瞬向き、正面――快の方を向く。

 快は、その様でなんとなく春斗の視力を察する。

 察した末、快は春斗に歩み寄り、手を取った。

「初めまして、春斗さん。朝空快です」

 快の声に、春斗は顔を紅く染める。

「あっ……新入りに恥ずかしいとこを見せたですね。洞田 春斗ほらだ はると、十歳です。君がどんな見た目をしてるかは知らないですが、ここでは僕が先輩ですよ」

(僕より年下か、ちょっとからかってみようかな……と思ったけど、流石に初対面でからかえないか)

 快は握った手を振り、頷くと後ろから――突然、温もりが背中と頭を包み込んだ。

 甘い匂いと柔らかな感触は、春斗も同様に包んで。

「あらあら、新入り? よろしくねぇ」

 女性の声だった。

華弥子かやこさん、恥ずかしいからやめろですって!」

 春斗は、もがいて女性の腕から脱し、車いすを後ろへ引いていく。

 快が目を開ける頃には、春斗は施設の扉の前まで移動していた。

 快は、後ろを向いた。

 それと共に女性は快の側から離れ、お辞儀をする。

「華弥子・セルシュです。ようこそびおれへ、歓迎するわ」

 艶やかなブロンドの髪を縛った、優しい垂れ眼をした美しい女性だった。

(セルシュ……ということは、ギルバルトさんの奥さんなのかな)

 ぼうっとそんな事を考え、快はお辞儀をする。

「これからお世話になります、よろしくおねがいします」

 快が礼で返すと、華弥子は頭を撫でた。

「あらあら、しっかりした子なのね。いいわぁ」

 撫でられた感触は、ひたすらに――温かく。

 ずっと、撫でられていたいとさえ思わせるものだった。

 そうしていた時。

「おーい! 皆、メシができたぞー!!」

 金属を叩くような音と共に、ギルバルトの声が響く。

 声の方へ向くと、そこには空鍋を、おたまで叩く―カエルのエプロンをかけたギルバルトの姿があった。

「おっ、今日はお手伝いなしかな! はーい!」

「ぼく、さきにたくさんたべたーい!」

 ちはと大司が我先にと、快を置いて走る。

 快は、一人取り残されたかのように――その場で立ち尽くす。

「どうしたの?」

 華弥子が小首を傾げると、快は気まずそうに、頭を掻く。

「いや……なんでもない、です。ごはん、楽しみだな、って」

 快が言うと、華弥子はしゃがみ、快の隣で微笑む。

「何かあったら、なんでも言ってちょうだいね。……これからは皆の“家族”なんだから」

 華弥子の一言に、快は――初めて感じる。

 家族 という言葉の、温かさを。

 奇妙にも感じる――不思議な、それでも確かなる絆を示す、単語に。

「ありがとうございます」

 次に出た感謝の言葉は、何の躊躇いも、考えもなく。

 理屈じゃない、心からの言葉だった――。

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