第二章 第十話 怪 解 戒 廻 

 駆けていった先の、港町。

 そこは、煌びやかに太陽に照らされた海の輝く、漁港であった。

 漁港近くには、漁師と思しき鉢巻を巻いた男が船波止場近く、魚一杯になった投網を船から出している。

 快が右を向けば、石作りの住宅が立ち並んでいた。

 後ろを向くと、先程までいた空間も無く。

 正面を振り直すと、牧歌的な光景が広がる。

 人々の行き交う、港町――その光景。

 歩きゆく民衆の毛髪は黒髪から茶髪が多く、そこが日本の一部であることは快の想像に難くなかった。

「ふむ、ここはどこだ? 手荒になってしまったが結界を破ってはみたがいいが……快、腕は?」

 グリードの呼びかけに、快は息を引き我に返る。

 左を向けば、自分のあった筈の義手は無かった。

 快はその元凶に抱えられているという、困惑を抱きかねない状況に頭を抱える。

「グリードも知らないのか、僕もここは知らないけれど……天護町、なんだよね?」

 快はグリードの手から解放されると再び周りを見渡す。

 軽く耳を澄ますと、聞こえてくるのは潮騒と人々の、日本語での話し声。

 視覚と聴覚に入ってくる情報は何の変哲もない、日常風景のみだった。

 快が周りを見ていると――快の肩を、グリードが叩く。

「おい、アレを見てみろ」

 肩を叩かれるまま、刺された指先を向くと、そこには一際大きな教会がそびえたっていた。

 教会の造形は、快の背筋を凍てつかせるに十分――印象的なもの。

 記憶に鮮烈に刷り込まれていた、あの教会。

 十字教のそれに近いモニュメントが屋根に掲げられた教会だった。

 その建物の隣にあったのは、『寛大聖教』の文字。

 快は、直感的に歩みを進める。

 誘われるかのように。

 吸い込まれていくように。

 住宅を遮り、先にかかった、歩み始めた瞬間に車が停止する横断歩道を通って。

 教会の前まで移動すると、教会の庭である人物が腕を組んでいるのが見えた。

 どこか、不思議な雰囲気を持つ毛先の黒い、白髪の青年。

 線の細い体を、教会の入り口近くの壁にもたれ目を瞑っており、眼鏡がずり落ちかけていた。

 快の隣で歩いていたグリードが、青年に声をかける。

「よぉ、昼寝にはちょっと人の迷惑になるんじゃないのか?」

 声に、青年は瞳を開けた。

 隈に覆われた緑と、赤の瞳を。

「ん? 君地元住民じゃないだろう……」

 青年が眼鏡を上げると、グリードの姿を見て目を丸くした。

 額には、汗を滴らせて。

「……あー、私は、用事を思い出した。帰らせてもらうよ」

 青年が教会の壁から離れると、快は言葉をかける。

「こんにちは、あの……ここがどこかだけ教えてもらえませんか?」

 猫背を伸ばし、小首を傾げつつ訊ねると、青年は首を擦りながら答えた。

 決して、眼は合わせず。

「天護町、魚渡区。他の県に最も近い区域だよ……キミのそのスタイルから言って、さては北区の少年だね。妙に無難すぎるファッションだし」

 青年は素っ気なく、教会から去ろうとした瞬間――。

 快が、質問を投げる。

「すみません、あなた……ここで何をしていたんです?」

 青年は、微笑んで答えた。

 何かを、隠すかのように。

「人を待っていたんだ。私の大事なヒトがここで働いているのでね」

 青年の発言に、グリードが訊ねる。

「ほぉ、大事なヒトね。ならなんで入らないんだ? 公私混同はしなくても、由緒正しい教会ってのは、誰でも受け入れるはずだろ――」

 グリードの言葉を遮るように、青年は威勢よく声を出した。

「あーっといけない! 私このあと仕事があるんだったー! わー! 急がなくちゃー!」

 棒読みの叫びに、グリードは青年の襟元を掴む。

「おい、あの太陽を見てみろ。あの位置的に、お前がどんな仕事をしてるかは知らないが昼休みはもう大抵は無くなってるし仕事を続けるには遅すぎる。そして――帰るには、早すぎるぞ」

 グリードが太陽を指さしながら、青年を睨むと青年は不自然な笑みをたたえた。

 すると、快はグリードの服の裾を引っ張る。

「ちょっと、詮索しすぎだって。そういう仕事……そうだ、バイトとかかもしれないし!」

 快の方を振り向くと、グリードは返した。

「にしても、こんな変わった格好の人間俺は見た事ないぜ」

 グリードが言うと、どこからともなく声が響く。

「こんなとこで何やってるの――」

 低い女子の声だった。

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