第二章 第十三話 生の意味

 走り抜けた先。

 そこは、大都会。

 港町を必死に駆け抜け、二人はやってきた。

 遠くの海すら覆い囲う程の摩天楼群の、真っ只中へと。

 もはや、最初から何事もなかったかのように日常の風景を照らし出していた。

 教会での交戦、人外との奇譚の全ては、ビルの影に隠れているかのように快に感じさせてならず。

 目に映った何気ないその事象が、空想と事実とで混ざり合い――快の詰まり吐き出した呼吸を、安堵によって整えさせる。

 ――が、同時にふとした思いがよぎった。

 快は、荒いだ息を吸い込み、再び調子を取り戻させると隣のグリードの顔を向く。

「グリード、もうあの怪物は僕たちで倒したんだよね? だとしたら何故、相も変わらず魔族が居るの?」

 グリードは目線を遠くへ向けたままに、答えた。

「あぁ、あくまでもお前らの病気の原因を倒しただけで、この四十年前からの爪痕――異世界との境界はまだ閉じてないというのと、ああして他種族と接点を持って生きている連中もいるってこった」

 素っ気なく、全く持って興味がないと言わんばかりに言い退ける。

 グリードの態度は、快にも釣られかねないものだった。

 快は、問いを続ける。

「じゃあ、その境界を直すにはどうすればいいんだ?」

 グリードは、依然として姿勢を改める事無く返した。

「さぁ、わからん。だが、キーパーソンは居るだろうさ」

キーパーソン?」

 おうむ返しに快は言うと、グリードが続ける。

「そうだ、俺が使える魔術といったら、禁呪と呼ばれている魔術――属性で言うところの闇・光魔術の究極の上位互換。破滅、破壊の先――“完全消滅”に特化している。要は攻撃専門。そして、魔術とは別の能力“禁忌権”。これは禁忌属の持つ世界のルールを“自分の都合良く自分の特性によって”書き換える力……簡単に言うと必殺技みたいなものでね。俺の場合は、“力による消滅”の特性が備わっている。だから、どうあがいても消す事はできても……」

 グリードが俯くと、快が続けて言う。

「……“直す”事はできないと?」

 快が代わりに答えると、グリードが頷く。

 グリードは、人差し指を――上空へと向けた。

 快がその先を見つめると、そこには宣伝用の飛行船が浮かんでいる。

「? 何する気?」

 快が訊ねると、グリードは人差し指を曲げた。

 その瞬間。

 空間に、穴が空いたのが見えた。

 青空が、漆黒と白銀の混ざった色に映り、飛行船と青空の一部が無抵抗なままに吸い込まれて。

 何事もなかったかのようにそれは、閉じていった。

 青と雲、飛行船が漂っていた範囲のみが――ちきゅうの外をありありと露出させている。

「これが、禁忌権“我ガ欲シタブラックアウト永久ナル解放ノ果テ・ダンスホール……と俺が名付けている代物。少しばかり力を開放することで、人差し指を動かしたときの衝撃波で、あらゆるものを消滅させたんだ」

「ジェネルズと戦った時使ったのもこの力?」

 快が言うと、グリードは近くにあったベンチに座り、軽く頷いた。

 膝を組み、両腕を広げため息をついて。

「そうだ、俺の場合はもう一つあるが……アレは本当の最終兵器。できることなら絶対使いたくないものだ」

 深々としたため息から、使い難い代物であることは明らか。

 快はその力に対しての――好奇心を表すよりも、一言を発せざるを得なかった。

「その力で、何度も色んな人を救ってきたんだろうな」

 快の呟きは、誰にも聞こえず。

 単なる、独り言として消化されてもおかしくないものだった。

「ああ、だといいけど……な」

 独り言に、グリードが反応を示す。

 声色は、快には聞いた事のないもので以て。

 しばらく、互いは空を見上げ――呆然として幾分かの時間を過ごした。

「そうだ、快」

 静寂を先に破ったのは、グリード。

 声は、毎度の如く飄々としていた。

「なぁ、お前はこれで人並みの人生を得たわけだけど……お前、これから何がしたい?」

 煌めく、鋭い歯を見せつけ、快の顔を瞳で捉える。

 快は、それを聞きすぐに答えた。

「これから、食べられなかったものを食べたい。色々と、見ているだけのものも多かったし。それに、色々なところへ旅にもいきたいし、それから……」

 目を輝かせ、微笑む快にグリードは、さらに問う。

「じゃあ、実現させるためには行動に出ないとな。で、これからどうするんだ。言っておくが、俺は何一つ職を紹介できないぜ」

 グリードの発言に、少しばかりたじろぐと快は歯を食いしばって声を出す。

「じゃあ、僕が探す……お前みたいに、好き放題できるような強さもお金もないから」

 快の言葉に、グリードは地面を見つめ、鋭い八重歯――に近い牙をしまいこむ。

 快にとって、それは何気なくとも意味深に捉えてやまない所作だった。

「強くないから、財を持っていないから、ねぇ。ただ強かったとしても、何にも成せなかった、何も目的なく生きているとしたら――それほど悲しいものもないがね」

 グリードが、か細く呟くと――快が笑って言う。

「僕は、できることならお前になりたいよ。何者をも跳ね除けて、誰かを助けられる……そんな存在に」

 快の発言に、グリードは前髪をかきあげ、零す。

「俺は、お前になりたいね」

 空へと響いた、その声は誰にも聞こえることはなく。

 届くものも、何一つとしてなかった。

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