声が響く。
凛として、低く。
教会の入り口、真上から。
快とグリードが教会の屋根を見上げると、そこには少女の姿があった。
少女は修道服に身を包み、屋根から下の風景全てを見下ろす。
――大降りの短剣を、スカートのスリットからわずかに覗く、ガーターから引き抜いて。
「天涯より来訪せし主よ、私に力を……」
少女が唱えると、短剣は光輝きだす。
短剣が輝くと、刃先は伸びだし、片手剣程の大きさとなった。
巨大化した、その造形に快は記憶を電光の如く駆け巡らせる。
同じく、教会で起こった記憶の一端を。
「あれは……ネーブが使っていた短剣じゃあないのか?! レクスのものとも似てる……!」
快の発言に、少女は目を丸くする。
「ネーブ……? 神父様を知っているのか? まぁいい、君はどけ。……そいつを殺せない」
「なんで殺すんですか!!」
快が叫ぶと同時だった。
白髪の青年が、指を鳴らしたのは。
青年が指を鳴らすと、周囲の音全てが揺らぎ、鈍くなり。
快の目に映る風景全ては、薄い膜を張り詰めたかのようにぼやけていった。
そして、少女が短剣――だった剣を天に掲げ、冷淡に言い放つ。
逆十字を、背後にして。
「――少年、こうなると止まらないぞアイツは。どけ」
青年が快に言うと、その隣でグリードは青年の顔と少女の顔を見定める。
瞳を碧色に、光らせて。
「……おいおい、二対二ってか? こちとら手負いだぞ?」
グリードの発言に、快は思わず隣を向く。
「ちょ、まだ戦うって決まった訳じゃないのに!」
快がそういうと、グリードは笑みをたたえた。
爛々と、無邪気なまでに。
「お前、俺を止めるって言ってくれたよな? ほら、止めて見せろよ……この状況全部を!」
その表情は、快を試すかのような顔をしていた。
快はグリードを無視し、冷静に二者を見つめる。
(まず……白髪は何するかわからない、周りの景色が一変……というか、なにかのフィルターでもかかったみたいになってるあたり、この空間の原因であることには間違いない)
快が視点を定めたのは、痩躯の白髪青年。
青年は、服の裾で軽く額を拭うと、少しずつ教会の壁の影に
上を見上げ、次に少女を睨んだ。
(あの装備は見たことある、もし神父と同じ戦い方だとしたら、投擲してくるはず……でなくてもあの形状と発言なら……目的はきっと)
快はゆっくりと後ろへ下がる。
その瞬間。
少女は屋根を蹴り、宙を舞い――刃と共に回転した。
回転のこのそれを彷彿とさせる動きは、真正面の黒衣の人外を捉えて。
グリードは、高速で入れ替わる刃の切っ先を、見据える。
瞬時に伸ばされ――手袋に包まれた片手は、光輝に満ちた剣の矛先をつかみ取った。
同時に、少女の回転していた体が空中で静止する。
「なんて力だ……!」
少女が歯ぎしりに顔を歪ませるとグリードは少女の顔を睨み続けた。
冷淡なる、表情で以て。
「おい人間、いきなり斬りかかるなんて随分なご挨拶だな?」
低く発せられた声を前に、一瞬少女は怯む。
隙を見計らったかの如く、刹那。
グリードの拳が少女に向かう――。
「……どういう、ことだ……?」
少女に向けて、放ったはずの拳。
それは、少女の服で静止していた。
時そのものが止まり、固定されたかのように。
その様子を、眺めていた快の身は、震撼していた。
(動きは予想通りだった……動きだけは……けど、どういうことだ!? 人間の体をあんな、豆腐を崩すみたいに貫けるパンチをどうやって!?)
快は、再び一歩下がり周りを見渡す。
急ぐ頭、動悸に慄く胸を抑えせわしなく瞳を動かしていると、ある事に気付く。
先程までいた、青年の姿が無かった。
(逃げたのか?)
快が思考を巡らせているのも束の間、戦いは続行される。
快がグリードのいる方向を向くと、そこには火花を散らしつつ、剣をいなしているグリードの姿があった。
振り下ろされていく剣の一撃一撃を、降りかかる羽虫を払うかのように。
光の五月雨を、ただひたすら腕での防御に徹する。
拳を打とうとすれば、停止し。
蹴り飛ばそうとすれば、足が空中で止まる。
隙に対する応酬に、こちら側の隙が倍となって返って来ていた。
瞬きすら赦さぬ、互いの連撃に――先に崩れたのはグリード。
反射的に、宙を浮き続け、懐へ潜り込まんとする少女の攻撃に――がら空きになっていた腰に横蹴りを喰らわせようとしていた。
それが、決定打となり――いよいよ、グリードの鎖骨付近胸部に剣が深く突き刺さる。
突き刺さると同時に、肉は切り裂かれていき――少女の白装束に、暗紅色が加わって行く。
黒衣の下に着た、紫の服を、乱暴に引き裂いて。
少女は、無表情でグリードを切り裂いていった。
「……主の御名において、この世から去ね」
快は、少女の前に駆け寄る。
「やめてって! もう!」
少女と、路上で倒れるグリードの元へ駆け寄ると、少女は快の顔を見つめた。
平然と、鮮血に染めた頬を――切り取った紫の服の一片で拭って。
「……なんのこと?」
少女が笑うと、快の視界全てが再び、カメラのシャッターの様に切り替わる。
快がふと周りを見れば、街並みは、これまでのものと変わりなく、鮮明に映っていた。
正面を振り直せば、少女の白装束は純白に戻っており、倒れたグリードの体の上で座り込んでいる。
全てが、夢幻と消えたかのようだった。
少女が人差し指を口許に当てると、ようやく快に話しかける。
「……ここでは、何も見ていない。いいね?」
少女が言うと、快は首を横に振った。
「何も見ていない? 馬鹿を言わないでください……寛大聖教のシスターさん」
快が怒りを孕んだ、低い声で言うと――少女はグリードの首に刺していた剣を引き抜く。
その大きさは、元のものとなっていた。
そして、短剣となったそれを、少女は容赦なく快の喉元に突き立てる。
「じゃあ、主の名の元、あなたを――お仲間の元へ送るね。バイバイ」
少女は、そっと、短剣の先端を快の顎に当てた。
血が滴り始めてなお、快は睨む。
その様に、少女は焦りを見せ始める。
「君、そのままじゃ死んじゃうよ?」
快は、鼻息を飛ばし答えた。
「かもね」
「地獄へ、堕ちるかもよ? そぉんな幼い間に死んだら」
少女が首を傾げながら言うと、快は――少女の顔に唾を吐く。
「だからどうした。僕は悪魔になってでも生きる。死ねないんだ、仲間達の為にも。それに、あんたらの崇め称える主も僕がこの手で、いや、皆と一緒に倒した」
快が冷ややかに言い放つと、より一層ゆっくりと刃先を、少女は皮膚へと入れていく。
「あっそ、じゃこうしよう。お姉さんの仲間になろっか。そしたらこの唾も許してあげるし、話しもゆっくり聞いてあげる」
少女の答えに、快は――。
一発の、鞭打で返した。
「願い下げだ、死ねないんだよ。お前一人の為に。お前の信じるものは勝手だ。けど、人外だからってこんな事していい理由には、ならないだろう」
放心状態となり、手を止めた少女の顔に、短剣が喉に刺さっていく事を気にも止めず――額を合わせ、追い詰める。
「答えろ、エセシスター。説教は得意だろ」
先天鏡が、鈍く光り輝いていた。
眼光は鋭く、もはやその眼だけで少女の全てを圧倒していた。
少女の顔が、徐々に青ざめていった瞬間。
少女の肩を、黒い手袋が掴む。
「ひっ!」
少女が後ろを向くと、牙を剥き出し笑みを浮かべる、グリードの姿が在った。
グリードが、肩に力を入れた瞬間。
「止せ!!」
声が、重なった。
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