あなたは、友人の皮を被った怪物が居たら――どうしますか?
冷たい、冷たくなった、冷たくなり続ける空間を破る。
後ろを向けば、かつての友の姿が痛々しく目に映り。
上を向けば、あの病院で見せた威圧に満ちた顔を浮かべたグリードの姿があった。
「アハハハ! 随分ご丁寧だねぇ! じゃあ……もういいや、兄さんには死んでもらう事にしよう」
無邪気なる、同じ穴の狢への死刑宣告が、廃墟に響く。
笑いの後、ポグロムアは両腕を広げ、屋敷内に張り巡らされた氷の壁から、巨大な氷柱を出現させた。
グリードはただ、快を持ち上げ、その場から脱出せんと屋敷の先へと駆ける。
一歩一歩に、軽く地面を蹴るたびに地形が歪む事さえ厭わずに。
快を連れ、屋敷の壁痕から離れていくとグリードはある事に気が付く。
「走っても走っても景色が全く変わらない……“結界魔術”か!」
快が周囲を見渡すと、グリードの手を振るほどかんともがいた。
グリードは、それに全く気が付かず、周りを見るばかり。
快は、グリードに声をかける。
「グリード! 今のアイツは……一体何者なんだよ!? どうしたんだよ!?」
快の震える声は、グリードの口許に牙を剥かせた。
快にとって、その顔は初めて見た――感情のひとかけら。
冷酷にして冷淡の、作られた白い仮面の如き風貌でも、飄々とした笑みでも無い。
憤怒と焦燥、狼狽えといったものを、感じさせてならなかった。
グリードは、空いている片手の指を立て、告げる。
「快、もうアレは――アイネスじゃあない。これだけは言っておく、考えるんじゃあない」
早急に出ようとしたのは、否定の言葉。
――が、快は、グリードの言葉を認めざるを得なかった。
後ろから覗く、少年の姿は、快の知る姿から変わり果てていたのである。
狂気を孕み、開き切った瞳。
歪に笑み、涎を垂らす口。
関節の働きを無視した、動作。
知性無き、理性の失せた怪物と呼ぶにふさわしいモノだった。
されど、それを許さないのが、なによりの肉体。
グリードが立てた指を曲げ、一気に腕を振り下ろすと、目の前の視界に五本の、太い縦線が入る。
空間が、断裂したかのようであった。
「待てよ兄さん!! ボクに構ってくれよ兄さん!」
ポグロムアが叫び、手のひらを上げると、屋根を飛び出し――氷柱が襲いかかる。
飛び掛かった氷柱の先端が向くのは、グリードの背中のみ。
快は――もはや相手になどしていないかのようだった。
氷柱がグリードの背中に刺さる寸前、五本の縦線へとグリードが入ると、視界は再び一変する。
飛び込んだ先は、快にすら見た事のない港街だった。
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