第二章 第九話 バケノカワ 

あなたは、友人の皮を被った怪物が居たら――どうしますか?

 冷たい、冷たくなった、冷たくなり続ける空間を破る。

 後ろを向けば、かつての友の姿が痛々しく目に映り。

 上を向けば、あの病院で見せた威圧に満ちた顔を浮かべたグリードの姿があった。

「アハハハ! 随分ご丁寧だねぇ! じゃあ……もういいや、兄さんには死んでもらう事にしよう」

 無邪気なる、同じ穴の狢への死刑宣告が、廃墟やしきに響く。

 笑いの後、ポグロムアは両腕を広げ、屋敷内に張り巡らされた氷の壁から、巨大な氷柱を出現させた。

 グリードはただ、快を持ち上げ、その場から脱出せんと屋敷の先へと駆ける。

 一歩一歩に、軽く地面を蹴るたびに地形が歪む事さえ厭わずに。

 快を連れ、屋敷の壁痕から離れていくとグリードはある事に気が付く。

「走っても走っても景色が全く変わらない……“結界魔術”か!」

 快が周囲を見渡すと、グリードの手を振るほどかんともがいた。

 グリードは、それに全く気が付かず、周りを見るばかり。

 快は、グリードに声をかける。

「グリード! 今のアイツは……一体何者なんだよ!? どうしたんだよ!?」

 快の震える声は、グリードの口許に牙を剥かせた。

 快にとって、その顔は初めて見た――感情のひとかけら。

 冷酷にして冷淡の、作られた白い仮面の如き風貌でも、飄々とした笑みでも無い。

 憤怒と焦燥、狼狽えといったものを、感じさせてならなかった。

 グリードは、空いている片手の指を立て、告げる。

「快、もうアレは――アイネスじゃあない。これだけは言っておく、考えるんじゃあない」

 早急に出ようとしたのは、否定の言葉。

 ――が、快は、グリードの言葉を認めざるを得なかった。

 後ろから覗く、少年の姿は、快の知る姿から変わり果てていたのである。

 狂気を孕み、開き切った瞳。

 歪に笑み、涎を垂らす口。

 関節の働きを無視した、動作。

 知性無き、理性の失せた怪物と呼ぶにふさわしいモノだった。

 されど、それを許さないのが、なによりの肉体。

 グリードが立てた指を曲げ、一気に腕を振り下ろすと、目の前の視界に五本の、太い縦線が入る。

 空間が、断裂したかのようであった。

「待てよ兄さん!! ボクに構ってくれよ兄さん!」

 ポグロムアが叫び、手のひらを上げると、屋根を飛び出し――氷柱が襲いかかる。

 飛び掛かった氷柱の先端が向くのは、グリードの背中のみ。

 快は――もはや相手になどしていないかのようだった。

 氷柱がグリードの背中に刺さる寸前、五本の縦線へとグリードが入ると、視界は再び一変する。

 飛び込んだ先は、快にすら見た事のない港街だった。

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