第二章 第三話 Dear……

  年甲斐が無い――とさえ思える、激昂ぶりだった。

 唾を飛ばし、グリードに怒鳴る壮年の姿は先ほどまでの様子とはあまりにも変わり果てているもの。

 大きく開かれた口は、快に不穏な煌めきを見せて。

(一瞬見えたのは八重歯? 犬歯……?)

 快は、二人の間に割って入り言葉を交わす。

「あの、何があったんですか……ギルバルト、さん?」

 快の声に、ギルバルトの目は開かれた。

 快の方を向くと、ギルバルトは頭を優しく撫でる。

 再び向いたその顔は、先程とは打って変わったもの。

 ――だが、噛み締められた唇は憤慨の残影を残していた。

「……すまないね、ちょいとおじさんはこいつに、してやられた事があってね」

 一瞬、グリードを睨みつけるギルバルトの喉は、飢えた獣のような音を立てて。

 快の方に向かう顔は、どこか――影りのあるものだった。

「してやられたって、まぁだあの時の事根に持ってるのか。全く記憶力の良いこったなオーナー」

 グリードが飄々として言うと、ギルバルトはまたしても怒る。

「子供の前なんで、お前の事は殴れねぇが……四十年前の大災害の時、手前ぇよくもやってくれたよな」

 歯ぎしり交じりに語るギルバルトの様子は、快の目には今にも感情がはち切れんばかりに映っていた。

「大災害……待ってください、ジェネルズの事を知っているんですか?」

 快が言うと、ギルバルトは思わずといった表情で目を丸くする。

「そっちこそ知ってるのかよ!? まぁいい、俺も色々あってな」

 ギルバルトが頭を掻き、喉を鳴らしていると。

 その瞬間、グリードが緑色に瞳を輝かせる。

「相手が“子供”と認識した側から、何も言わず口を閉ざす悪癖はまだ治っていなかったみたいだな」

 発した声は低く、傍から聞いていた快の背筋を潰しかねない程の気迫に満ちていた。

「だからどうした、幼い子供に喋るような事じゃないつってんだよ。大体お前だって自分の事は何も言わねぇくせによ」

 声に対し、怒号で返すギルバルトに、グリードは両手を上着のポケットに入れ、ため息をつく。

 壁に、寄りかかって。

「ジェネルズを今回倒せたのはこいつのおかげだと言ったらどうする? こいつの力で、この俺が助けられたと言ったら?」

 グリードが快の方へ一瞬顎を向けると、快は反応し、頭の後ろを掻く。

「なっ!!」

 手にしていた杖を手から落とし、ギルバルトは歯を震わせた。

 それほどまでに――衝撃的な告白だったという事は周囲の想像に難くなく。

 電気を、浴びたかのようにただ震えていた。

「はっきり言って無礼だ、お前のその優しさとやらはな。歳じゃあなくてそいつ自身をよく見ろ。それともそのグラス越しの景色がそんなに曇ってるのか」

 グリードは、気にも止めず淡々として言う。

 その光景に、冷や汗をかきながら快は笑ってギルバルトに声をかけた。

「あ、あの、僕は気にしていませんからね。グリードはきっと、機嫌が悪いだけだと思うので――」

「いつも、そうだよな。だから、平気でお前は子供を傷つける事ができるんだ。何が、無礼だよ」

 声にならない声で、ギルバルトが呟く。

 快の言葉など、聞こえてはいないかのようだった。

 三人は、しばらく沈黙する。

 沈黙を挟み、ようやく快が再びギルバルトに話しかけた。

「あ、あの……グループホーム、なんですよね? 僕家が無いので、しばらく厄介になれないかなっと思って……ここへ来たんですが、無理、ですよね」

 苦笑を浮かべ、快が言うとギルバルトは快の頭を撫で、再びため息をつく。

「あ、ああ大丈夫だよ。ははっ、ようこそ、びおれへ。歓迎するよ……約一名を除いて」

 ギルバルトは杖を拾い上げ、グループホームの奥へと手を伸ばした。

「さ、まずは皆が帰るまで茶でも飲もうや、グリード、お前の分は無いぞ」

 ギルバルトの言葉に、グリードは耳の穴を小指でほじくり、小指を口許にやると吹いて返す。

 無関心、そのものだった。

「そうしてくれると助かる。これから俺は――俺の厄介ごとを片付けなくちゃあならねぇ。元気でな、快」

 グリードが手を振り、ドアノブに手をかけると、快はグリードの前に歩みよる。

「待って、グリードどこへ行くつもり?」

 訊ねた瞬間、快の目の前から、その黒衣の主は消えた。

 ドアからは、外から聞こえるバスの、ブザーの音だけが部屋の中に響き渡っていた――。

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