第二十六話 Who is Taboo summner

 散乱した、研究室。

脱走した獣を追いかけ返り討ちにあった者達の絶叫が、Fencer基地内の人々の耳に響いていた頃。

獣が封じられていた部屋に、隠れるかのようにたたずむ影があった。

グリードである。

 グリードは、破壊された形跡のある檻を撫でつつ、床に転がっていた注射器を忌々し気に見つめていた。

注射器には、【神性増強剤】と書かれており、すでに中身は使われた形跡があった。

グリードが注意深く部屋の中を観察すると、檻の上には棚があり、棚にはガソリン缶の形状をした容器と注射器が置かれている事が解る。

更に、なんらかの計算式と二本の剣の絵が描かれた張り紙が張り付けられていた。

(おいおい、穏やかじゃあないな)

ガソリン缶に目を向けると、注射器と同様のラベルが貼られ、注射器の中身であることを察するのは容易だった。

(………“神性”、一部の魔王の器や神々にのみ存在する、同格の者達の感覚と思考を共有させられる力だが――まさか)

 グリードは、注射器を握り潰し、粉々に砕くと、ガラス張りの保管庫へと向かう。

向かった先の保管庫のガラスはほとんど破られており、獣と交戦した形跡がありありと残されていた。

保管庫付近には、誰も居ないことを確認するとグリードが部屋に入る。

入った部屋は、麓が太古の魔導書や資料が保管されているという資料室だった。

(もし、あいつらの目的が“禁忌”に対する対抗手段を常備しておくことだとしたら……)

 グリードは、目についた棚の本を手当たり次第に袋ごとまくっては、周辺に適当に投げ捨てていく。

泳ぐ目で捉えた、書物の中身のほとんどは――現在使われていない言語で、グリードの見知った知識が書かれていた。

(『魔術の指南』、違う。『属性魔術』『孤独なる魔王』『魔道具の作成』……違うな)

 グリード自身の、欲する情報の書かれた書物を探っていると、ある本にいきつく。

その本には、かすれた文字で『“禁忌属”の発生について』と書かれていた。

(これだ、全く――思い出したくもない物を発掘してくれたもんだな)

眉をひそめ、グリードが本をめくろうとした瞬間――。

 一発の弾丸が、グリードの手元から本を撃ち落とした。

グリードが後ろを向くと、ほぼ同時にグリードの胸の肉を飛ばした。

肉を飛ばしたのは、腹を抑えつつ睨む、麓の放った銃だった。

「おいおい、なんのつもりだ?」

 グリードが笑んで本を拾うと、麓は怒鳴り声をあげる。

「ふざけないで頂戴、折角の兵器の材料を逃がしたのはあなたでしょう………ごほっ!」

麓が拳銃を向けつつせき込むと、口から噴き出した液体は麓の上着と下に散らばった資料を赤黒く染めていく。

「“兵器”? なんのことだかさっぱりだ。……ちゃあんと、固有名詞で言ってくれないか人間」

 頭を掻き上げると、グリードの口許のゆがみが消える。

麓を睨む瞳は、妖しく輝いていた。

 眼光に一瞬、身を震わせるが麓は再び、グリードに向かって威嚇体勢を取る。

「魔神テュポーンの娘、最強の魔獣属。|魔王の器《ダーク》・キマイラよ」

麓が発砲すると、その弾丸はグリードの頭を撃ちぬいた。

放たれた銃弾の衝撃によって、グリードの体が後ろに吹き飛び壁に叩きつけられると、麓は何度も撃鉄を起こす。

 胸、喉、頭部。

命中させた個所は全て、通常の生物であれば即死は免れない箇所だった。

「はぁ、はぁ……これは最後まで秘密にしておきたかったが………ごふっ!」

 全弾を打ち尽くすと、麓は吐血を手で押さえる。

と、同時にその場で膝から崩れ落ちていった。

刹那の安心に身を任せていると、麓の体の奥からは容赦なく血液が迸り、体外へと出ていく。

そうしてもがいていると、麓の正面の、“死体”となったと確信していたそれは――活動を再開した。

足が痙攣を見せたかに思うと、次は手が動き、最後に、瞳が息を吹き返したことを物語る。

「………なるほど、これが対人外の為の弾丸ってわけか。どうやら、魔力の籠った宝石を使うのは俺だけじゃないらしい」

 口から、痰と共に赤い弾丸を吐き出すと、グリードは何事もなかったかのように立ちあがり、麓の前で上着のポケットに手を入れてみせて。

「なっ!?」

風穴が空いていた喉は塞がっており、胸部に至っては服が破れているばかりで、白色の露わになった肉体の一部分が治っていた。

「頭に撃ったのは“炎のロードナイト”、再生してくる人外の脳みそを焼き尽くそうって魂胆だな。更に俺の喉に撃って首あたりにまで貫通していったのは“風のジェダイト”、脊髄を気道ごと切り裂くつもりだったんだろう。違うか?」

自身に撃った弾丸の正体と、麓の思惑を語りながら、笑んで麓の元へよるグリード。

その様は、麓の顔を蒼白に彩るのにはあまりにも十分すぎた。

「………化け物め」

 麓が呟くと、グリードは麓の服の裾を持ち上げ、顔を近づける。

「あぁそうだ、俺はお前らからしてみたら化け物だ。さて、それ以上腹が割れない内に全部喋れ。どうやって|そういう《・・・・》物を手に入れたか、|書物《しりょう》もな。こっちも、あのババアを逃がした理由を言ってやるから」

赤褐色に染められた、麓の腹の包帯をゆっくりと指でなぞり迫った。

 麓は黒手袋越しに伝わる、人ならざるものの持つ爪の感覚に、背筋を凍てつかせつつも抗う。

眼前の、緑の瞳に目を見開いて対抗しつつ、語った。
 
「……四十年前、隕石が衝突した時、ある教団が持っていたもの。それが、この属性を宿した宝石と、書物よ。彼ら曰く、主の復活に利用するために、教祖が先祖代々の魔術を使って過去から召喚したものらしいけど」

「“寛大聖教”。本部がついこの前壊滅したところ――我々が敵視していたカルト宗教団体よ。さぁ、話せることは話したわ、あなたの番」

 麓が言うと、グリードの服の裾を掴む手が少し緩む。

「……じゃあ、言ってやる」

グリードが重々しく、口を開くと麓を掴んでいた手を離した。

手を離した瞬間、床にまた麓が座り込むのを見ると、グリードは廊下の先を見つめる。

「単純な話しだ、お前らからしてみたらあいつは異種族かもしれないが、弱ってたところを拘束して――薬漬けにして勝手に兵器に利用する? ふざけるな。 俺はその地獄の苦しみから解放しただけだ。はっきりいって、多少の報復は当然だろうよ」

グリードの語る言葉は、やがて力が入って行った。

「なぁ、人間。あれはなんだ? 言葉がわからないからああしたのか? それとも単に兵器開発のヒントが転がってて、ラッキーだとでも思ったか」

「……愚弄してくれるな、人間」

言葉を放った瞬間、上着のポケットに手を入れていたグリードの正面の空間は抉れ、広大な外界の様子が露わになる。

奥に配置されていた軍用の車両も、コンクリートブロックごと消されており――静かな、グリードの怒りがそこにはぶつけられていた。

正面の全てを一瞬きで消滅させ、ため息をつくと、グリードは麓の方を向く。

「とはいえ、あいつの暴れっぷりも見過ごせない。そこで精々懺悔でもしていろ、責任者として自決するも勝手だ。だが、忘れるな――生き物だって事はお互いにそうだってことを」

麓の目の前で、数秒と立たずに瞬間移動魔術によって姿を消す。

(あんなものを、あの少年は呼び出したのか………快を、もし仮に、現代の異名でよぶなれば………)

(まさしく、“禁忌の召喚者”ね)

朦朧とする意識の中、麓は資料室前の廊下を、壁伝いで立ちあがった――。

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