第二十九話 生命讃歌


「何が、起こった?」

 快の前で、グリードが起き上がる。

Fencer隊員が周囲で倒れている、白い床の上で。

 周りを見渡すグリードの前で、目が開いたのを認識すると快は安堵の表情をたたえ、グリードの手を引く。

引っ張る先――破壊の痕跡がある筈の出入り口が、そこにはあった。

「グリード、逃げよう! 奴らが目覚める前に!」

 快が、困惑を浮かべるグリードの手を引っ張る。

後光と共に、びくともせぬ黒手袋に包まれた手を引く姿。

 グリードはそれに応じて立ちあがると、快は急ぎ足で出口へ向かう。

その姿に、“この旅”の始まりを思い起こさずには、いられなかった。

 これまで見ていたものは、あたかも一瞬ばかりの夢かと思わせるような。

そんな輝きを、快の小さな背中に感じざるをえなかった。

「なぁ、快」

快に呼びかけると、快は指輪から鎧を展開し、走行をより速いものへ変える。

速度に合わせ、グリードもまた足を速めた。

「何?」

「お前、この冒険で本当に変わったな」

 グリードが語ると、快はグリードに向けていた顔を正面へ向き直す。

「変わるさ、ぼうっと生きてるわけじゃないんだ。この冒険で何度も、僕の問題なのに、皆に迷惑をかけて」

 快は、走り続けながら、答えた。

出口を抜けると、複数台の軍用車とヘリが止まっているのが見える。

その先には、鉄格子の門と高い塀が構えていた。

それでも、快とグリードは正面を強行走破せんと――ただ足を加速させる。

「アイネスに、棕、ユンガ………そうだな、思えばみんな、お人好しすぎるものな」

グリードは軽く鼻で笑うと、快は鉄の門が見えたところで拳を突き出した。

すると、鉄の門は破裂音を響かせ、砕けちる。

籠手に覆われた拳による一撃は、門が二人の走行を阻むことを許さなかった。

「あぁ、でもそんな皆だからこそ、これ以上誰も失いたくない。…………だからこそ、使えるものは全部使ってでも皆を守って、意地でも生き残ってやる」

 低く、真剣な声。

グリードは、その言葉を聞いて微笑む。

「そうだな」

一言で返すと、辺りは静寂に包まれる。

が、それとは全く似つかわしくない、胸の高鳴りをグリードは感じていた。

(やはり、お前に話をふっかけて正解だった……生命いのちとは、そうでなくてはな!!)

門を突破すると、二人の目の前にはトンネルが待ち構える。

勢いのままに正面を走っていると、快のズボンの中に入れていた、印章封印札から声が鳴った。

「俺だ、ユンガだよ。門をくぐったらトンネルが見えると思うけど、その先には住宅街へ繋がる海沿いの高速道路がある。走っていくならまずはそこへ行くんだ」

快は、走りながら返す。

「解った、けどキマイラと棕、アムドゥシアスは?」

「住宅街の北には、裏山がある。その裏山に居るからそこまで来てほしい。高速道路を出たら、裏山へ飛んで」

ユンガが質問に答えると、快は頷きグリードの方へ向く。

「了解、そういえばグリード、瞬間移動できたよね? あれで僕もショートカットできない?」

グリードは快の発言に、笑みで返した。

「あぁ、できる。だが、もう少し待て」

 グリードはトンネル内で飛び、トンネルの天井へ掴み、足の勢いを殺し後ろを振り向く。

(下手に消えた時の姿を見られると、盗聴器を仕掛けられかねない。だが今追手は居ない、なら――――)

「快、行くぞ」

グリードが天井を蹴り、快の手首を鷲掴みにすると、快の鎧が解除される。

一瞬、グリードは目を瞑ると、二人の周囲の風景は瞬く間に変わっていった。

 快は、周りを見渡すと、目を丸くする。

視界の風景全てが、朝焼けに包まれた樹木に覆われ、その隙間からは橙色の住宅が相まみえている。

「鎧…………」

快が両手を見ると、その手が籠手に包まれていないことに気付く。

呟きに反応し、グリードは答えた。

「瞬間移動魔法はちょっと特殊でね、魔力が多ければ多い程瞼の中で認識される空間が広がるんだ。その中から自分の行きたい場所を指定する」

「行きたい場所を掴んだら、発動させるだけ。ただ使った時のラグを速める事は出来てもどうしても無力になってしまう。それと、魔力の込められた武装は強制的に解除させられる」

「だから、俺は安全な状況だと判断しない限りは、安易に使わない。走った方が早いときもあるしな」

グリードが木陰で座り込むと、上着のポケットから何かを快に向かって軽く投げる。

 投げつけたものを、快はつかみ取ると、それは見覚えのあるものだった。

「炎のロードナイト、風のジェダイトじゃあないか!」

快が驚きの声を上げると、グリードは頭を掻く。

「あぁ、その鎧をずっと使う訳にもいかないし取っておいたんだ」

「どこで手に入れた!?」

「色々どさくさに紛れて、な。さ、もう着いた事だしゆっくりしようぜ」

 快は、若干何かが付着し、ふき取られた形跡の残る宝石をしまうと、後ろを向いた。

すると、そこには横たわるキマイラの隣で、キマイラの頭を撫でるユンガと、心配そうに見つめる棕が居た。

「ユンガ、来たよ」

「良かった、無事来られたようで」

 朝焼けの木漏れ日の中、手負いの戦士たちは揃う。

集った仲間を束ねる、始まりの陽光は力を手に。

更なる、決意を胸に――。

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