第三十二話 イノチ

 戦士たちは集った。

決戦の地、曇り空と業火に包まれた惨劇の街へ。

 隻眼の、悪魔を連れた演奏者。

魔獣の王と、その傍らに居る紫電の副魔王が。

 ――ガレキと硝煙に包まれて、その者は立っていた。

待ち構えていたかのように。

だが、その後ろ姿は、一行に安心感を与える。

黒い上着のなびく、高い背丈に、銀色の髪。

「やってくれたか、グリード!」

 棕が近づき、肩に触れた瞬間。

ユンガは――周囲に漂う不穏なる気配に気づく。

「棕! 避けるんだ!」

「え――?」

棕はユンガに振り向かんとした刹那。

人型を保っていた、棕の前に立つそれは、肉塊へと変わり棕の前を囲っていった。

「間に合わないか!」

 ユンガは、瞬時に地面を蹴り、棕を片手で突き飛ばす。

肉塊が、ユンガの背中と肩を覆う事を厭わずに。

「ユンガ!」

その様子を見ていたキマイラが飛び込むが、ユンガは宙で振り向きキマイラに目線を送る。

「来るな!」

直感的に言った一言によって、キマイラは制止した。

ユンガを覗く、顔の瞳を揺れ動して。

 ユンガの半身に、肉塊がまとわりつくと、鋭い激痛が迸った。

一瞬の激痛に、ユンガは反射的に魔力を開放し、魔術を発動させる。

が、紫電で焦げることはなく。

ユンガが身をよじらせたときには既に遅かった。

ユンガの半身は、巨大な怪物に喰い千切られたかのように、消滅していた。

「ジェネルズ……!! 貴様ァ!!」

 ユンガが憎悪に、残った腕の爪で引き裂こうとする。

すると、肩から先の無くなり、地面に仰向けになったユンガを置いて肉片は一点に集結した。

その姿は、銀髪の怪物と呼ぶにふさわしいモノ。

 邪悪の権化と呼ぶ事さえ、疎まれる醜悪な外見をしていた。

背中には、蜘蛛の脚と猛禽の翼が左右に十枚生え、その節を補うかのように蛸の触手が伸びている。

両腕は、白銀の竜の如く巨大。

人間大の体には、不釣り合いな部位があまりにも多く――どこを取ろうと統一感の一切ない、蠢き続ける部分たちは互いを異物のように感じてか、常に暴れ狂っている。

それがより、如何に歪な造形であるかを見る者全てに物語らせていた。

「全てのパーツは揃った……!! いよいよ貴様らを滅ぼす時が来たのだ」

 歓喜に昂る声を漏らす牙は、紫電を纏い始めている。

それは、片腕のユンガに、恐怖を与えていた。

「まさか、お前は喰らった者の力を吸収する力を持っているというのか!?」

「……あぁ、正確に言えば違う」

 ジェネルズが語る口許は、笑みに歪む。

「ワシの能力……否、“禁忌”と呼ばれる者全体が持つ世界の仕組みの一部分全てを書き換える力よ」

ジェネルズは、そう言うと自身の足元に転がる、人間の死体の頭を持ち上げた。

「ワシの力は≪我ガ血肉ハ光也≫、とでも名付けるか? 教えてやろう。こいつは言ってしまえばユンガの同属だったかな? バエルの完全なる上位互換」

「触れた“魂”を吸収し喰らう能力だ」

 ジェネルズの告げた言葉に、キマイラとユンガの顔は、一瞬で青ざめる。

ガレキの上で、尻もちを付いていた棕は、自身の状況に困惑していた。

(何が起こっているのか――そして、何を言っているのか)と。

「何を、言ってるんだ?」

棕の発言に、ギターの形となっていたアムドゥシアスが震えながら、返した。

「……我々人外は、高い再生力を持っています。転生も早い。しかし、それは失った部分を補うだけの魂の頑丈さあっての事! 傷ついてしまえば再生が難しくなり、魂が無くなってしまえば――我々は、いや、人間も動物も完全に消滅してしまうのです」

「そうだ、端的に言えば……貴様らの不死性は、もはやこのワシの餌になるためにしかない」

「自分だけ再生出来て、相手を傷つけたら相手の回復を封じるってのか……!? まるっきりずるじゃねぇか!?」

 棕は、目を大きく見開き、状況を察する。

自分が相手にしている者の、圧倒的な強大さを。

ジェネルズは、語り終えると、瞳をユンガへ向ける。

 ユンガと目があったジェネルズは、弱ったジェネルズに閃光の如く躍りかかった。

ユンガは、両足に力を籠め、残った片腕に魔力を集中させる。

 ジェネルズの爪が、ユンガの顔に触れんとした刹那。

ユンガの稲妻をまとった爪が、ジェネルズの腹を裂き。

同時に、ジェネルズの背後から、そのうなじの骨をキマイラが噛み砕いた。

 噛みついた牙の奥からは、水の刃が飛び出し。

ジェネルズの腹と首は、切り裂かれながら人の形から崩壊していった。

「ぐっ……貴様ら、いきがるな!」

 ジェネルズが背中の触手を広げる。

それを許さないのは、棕の弦から鳴り始める音撃。

振動に、傷口と触腕が震えていた。

「いきがるのが、こちとらロックの仕事なんでな……舐めんなよ人間!! アムドゥ! いくぜ! 最終叫葬曲ラストオーダーレクイエム滅魔蒼天歌スカイハイブレッシング!!」

棕が吠えると共に凄まじい振動がジェネルズに降り注ぐ。

 飛びついたまま、獣の姿で脊髄を噛み砕き、爪を首に食い込ませるキマイラが笑んだ。

言葉は理解できなくとも、一瞬聞こえた声は――“何”を意味しているかが分かったのである。

それは、人間のみならず――生命全てに共通した価値観。

「本職には悪いけど、オレもいきがらせてもらおう!!」

腹に食い込ませた爪は、放電しながら。

怒張した腕で、何度も爪を振り下ろし、何度も拳を作り打ち付ける。

 ジェネルズは、それに怯むことなく拳で立ち向かい。

背中から伸びた脚や触手は、キマイラを迎えうち。

キマイラはそれらを爪や牙で切り裂き、あるいは変化、変化解除を繰り返しながら回避し、魔術を放つ。

氷山の生成、真空波、灼熱の火球。

 二つの、地上界を滅ぼす事すら容易い、魔力量と物理での攻撃。

そして、肉の壁や再生力の前でも容赦なく内側からの振動。

 三つの波状攻撃に、姿を変える間も無くジェネルズは、対応する。

(はぁ、はぁ……いつになったら倒れるんだよ!!)

弦を弾き続ける棕の指先は、既に血が滴っていた。

(いつになったら、一体いつになったら倒れるんだ!?)

拳を打ち続けていたユンガの手も、いよいよ速度が落ち。

ジェネルズから受けた拳を、胴体に受けた。

胴体からは、血液が漏れだす。

「がはっ!!」

触手の対処をしていた、キマイラもいよいよ限界をきたす。

そして――喉を、触手が貫いていった。

「ユンガ……ぐがあっ!?」

複数あるうちの触手に、棕も首を締めあげられ、空中へと足があがる。

 もはや、なすすべも成し尽くし。

一瞬の、瞬き程の時間の内に、皆勝敗を――現実が告げていた。

「よくぞ持った、ここまでよくぞ持った。褒美をくれてやろう……貴様らに、ワシと一体になる権利をな」

ジェネルズの、嘲笑は崩壊していく、文明を背景に轟いていった。

直後。

ジェネルズの四肢。

ジェネルズの翼、触手は音もなく切断されていった。

「うあっ!」

 触手から解放された、棕。

その体は既に地面から、約五mの高さにまで上げられていた。

しかし、突如発現した植物の蔓に絡まり、地面との直撃を妨げる。

 触手に貫かれていたはずの、キマイラの喉は塞がれ。

ガレキの屑山と化していた、ビル群が戻って行く。

時が、巻き戻されたかのように。

ユンガが自身の手を見ると、その両腕は治っている事に気付く。

半身も、いつの間にか治っていた。

「ほぉ、グリードか? いや、奴は確実に倒した筈……」

 ジェネルズの全身の肉塊が蠢き、徐々に再生していく。

元の人型に戻ると、ジェネルズは後ろを振り向き気づく。

揺らぐ炎を背にした、双剣を手にした――荘厳なる鎧の存在に。

鎧の主は、剣の切っ先を向け、ジェネルズに言った。

凛とした、兜に反響する声で。

「会いたかったぞ」

その声に、ジェネルズは嘲笑った。

「その貌、そうか――全てを薙ぎ払って、しぶとくここまでやってきたか」

「違う、継いで来たんだ」

「ほほぉ、しかし痛々しいな? 醜いぞ、貴様の今の姿」

「醜く映るだろうな、お前の外側しか見えない、古くなって腐った目には」

地には炎ゆらめき、天からは雷が降り注ぐ、決戦の地で――少年は、双剣を構える。

双剣の刀身に映るは、“呪いてき”の姿。

「貴様、名はなんといったか」

 腕を組み、嘲笑うジェネルズ。

ジェネルズの前で、少年は力強く返した。

「砕けた氷を踏み越えて、敗北を背負った悪魔も味方にして、散りかけの青薔薇の声を耳にしてきた――ただの人間だ」

「そして――お前を倒して、あしたの空を眺める者だ」

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