禁忌の召喚者第六話 前編 狙われたkid is…

 天護町、夜の街。

破壊の跡が残され、歩道から道路一帯にかけては粉砕されたテレビモニターの破片と、ガラス片が散乱していた。

かつては、人の賑わい、屋台が点々と開かれた華の都となっていたそこは、封鎖され屋台の代わりにパトカーが停まっていた。

そして、モニターが壊れたビルの正面の道路には、巨大な肉塊が蠢いていた。

周辺の調査に当たっていた警官の一人がふと肉塊の前に立つと、背後で煙草を吹かしている肥えた壮年の警官に訊ねる。

「警部補、これって一体何なんでしょうか?」

警部補と呼ばれた警官は、吸い終えた煙草を飲み干したコーヒー缶に詰めて警官に寄った。

「さぁ、DNA鑑定にかけても、地球上のどんな生物の遺伝子にも当てはまらないってよ」

警部補は、肉塊の前にしゃがみ込み、眺める。

そんな様子の警部補を見て警官は、俯き肉塊を見つめた。

「…………警部補、知っていますか? 今日の昼過ぎに投稿された動画…………今急上昇に載っているんですけど」

後ろを向き、警部補は言う。

「あぁ、知ってるさ。悪魔が現れて街をぶっ壊していくっていう動画だろ?」

「えぇ、よく見てみたらほら壊されたビルも、悪魔の立っていた場所もこの肉塊の位置とほぼ一緒、画質は悪いですけど…………」

警官はスマホを取り出し、警部補に画面を見せる。

画面からは、糸を操る人型の怪物がパトカーをビルにぶつけ、周囲の警察官に撃たれながら見境なく警察官を殺害していく映像が流れていた。

警部補は映像を視聴し終え、ため息をついた。

「画質が粗すぎる、今どきあり得るかね。 もし仮にここで”何か”があったとして大方テロに乗じて炎上覚悟で動画を上げたのだろう。スマホをしまいたまえ」

そう言った直後、警部補の足に何かが絡まり、警部補は前へ転倒した。

警官はスマホをポケットへしまい、警部補に手を差し伸べた。

「なにやってるんすか」

警部補は、手を警官へ伸ばす。

「うっ…………はは、日ごろのラーメン巡りのつけが回ってきたかな」

手を掴み、警部補が体勢を整えようとした瞬間、警部補の体は後ろへ引きずられていった。

「!? なんだ!? 誰かがおれの足を!!」

警部補が後ろを振り返り、足の方へ視線をやると、そこには―――糸が足首に絡まっている。

糸は、暗闇に沈んでおり、側に居た警官はそれに気づく事無く笑んで手を伸ばし続けていた。

「ちょっと、悪ふざけも大概にしてくださいよ。からかってるんですか?」

警部補は必死に訴えもがく。

「違う! 本当に引っ張られてるんだ!」

「警部補、たしかこないだの健康診断の時身長が一七九cmで、体重が九四kgでしたよね? そんな人誰が引っ張れるっていうんですか」

笑って返す警官に、警部補は体をよじらせ糸から脱しようとした。

いつしか足首のズボンの裾は、糸によって繊維が解れていき皮膚を裂いていった。

「ぐあっ、痛い! 何故だかわからんが、痛い!」

再び警部補が足首を見ると、糸の絡んだ足首からは、血が滲み出ていた。

「助けてく――」

助けを乞おうとした瞬間、警部補の体は夜の闇の奥に消えていった。

「あれ? 警部補~?」

警官が周りを見渡すが、警部補の姿は見当たらなかった。

警官はスマホを取り出し、ライトを点ける。

周囲を照らすが、警部補の姿は見当たらず。

警官が後ろを向くと、いつの間にかそこにあったはずの肉塊が消えていた。

「…………へ?」

警官は肉塊のあった場所へ向かい、地面を見た。

地面には、血だまりと、千切れた糸のようなものだけが残されていた。

「なんなんだよ……………」

地面に触れ、糸を握る。

警官が握った糸をスマホのカメラで撮影しようとした時、後ろから何かが砕ける音がした。

ひたひたと、後ろからの気配の”主”は警官の背後で湿った足音を立てて近づいていく。

「………ッ!」

足音の主が近づくと共に、悪寒が警官の背筋を伝っていった。

警官は、直感で理解する。

後ろを向けば、必ず自分は死ぬ と。

警官はゆっくりと、パトカーへ向かおうとした。

警官がパトカーのドアを開くと、足首に何かが絡まり、一気に体勢を崩される。

容赦なく引っ張られた足首は、糸によって体が回転すると同時に捻られ、警官に激痛を与えた。

「ぎゃあっ!」

地面に体が激突すると、警官の体の奥から鈍い音が鳴る。

強制的に背後を向かれ、警官は、目の前のものに戦慄の表情を浮かべた。

目の前のそれは、王冠を被り、人型をしており、口からは何らかの肉の残る骨を飛び出させていた。

その怪物の右手からは、足首に続く糸を出していた。

「助けて……助けてください………」

声を震わせ、警官は命乞いの姿勢を見せる。

怪物は、右手を大きく開き、喉から出ていた骨を飲み込み警官を捕えた。

右手に捕らえられた警官は、怪物に軽く握られ全身の脊髄以外の四肢の骨が砕けていった。

しかし、その痛みすら目の前の、恐ろしい怪物の前に忘れさせられる。

警官は、やがて怪物に丸のみにされた。

すると、怪物の溶けかけた体は完全な”元の”人型へと変わっていった。

「………許さぬ、許さぬぞ。貴様の身を末代として責め苦の果てに喰らいつくしてくれる」

「たかが、小僧にこの私が………」

呟いていた時、バエルの上空から声が聞こえた。

「あれ、パパ負けちゃったの? 今度は誰に?」

上空から降り立ち、バエルの目の前に現れたのは豹の体にグリフォンの翼を持った悪魔属だった。

「……淫売馬鹿子孫が、私に何用だ」

「やーん、相変わらずツれないなぁ。折角心配して来たのに」

豹の体の悪魔属は、バエルの体を一周すると人型へと変化した。

バエルは、その悪魔属を睨み、右手を突き立てる。

「貴様、まだ人間界で遊び呆けているのか。私は今機嫌が悪いでな。言い訳なら沢山聞いてやるぞシトリー」

シトリーは笑ってバエルの背中から飛び出る脚を撫で、無邪気に言う。

「あはっ、そう言ってパパぼろぼろじゃあん。そんな体で、あたしっちを倒せるの?」

バエルはアスファルトの道路を踏みしめる。

道路は表面のアスファルトを陥没させ、バエルは背後に回るシトリーに返した。

「少なくとも、貴様のその華奢な体を死体へと還す程度の力は残っておるわ。……しかし、何をしに来た。私を嘲笑いに来たか、それとも私を殺しに来たか」

シトリーは足で頭に生やした耳を搔きながら答えた。

「違うよ、協力しようって言ってるの」

「……………バエル次期陛下殿、そろそろあいつをやってしまった方がいいんじゃない?」

シトリーの言葉に、バエルは一瞬震える。

「馬鹿を言うな、そもそも見つかっていない以上どうする事も出来ん」

「…………ここはひとつ、協力しない…………?」

シトリーは指先をバエルの脚に艶めかしく触れた。

「協力? 阿呆、魔王の器である私が何故貴様と。甚だ図々しい、痴れ者が」

「協定メンツには、あたしっちを通じてあのメスガキと、チキチキバッタ、ブサイクが居るよ?」

シトリーが尻尾でバエルの顔を撫でると、バエルは右手で掴もうとしながら返す。

「ええい、魔王の器が何故群れねばならん。それに私は私で、倒すべき標的が見つかった。そやつだけは絶対に生かしておけぬ」

バエルが地面を蹴り、飛び立とうとするとシトリーは先回りして笑んだ。

「じゃあさパパ、あたしっちがそいつをちゃちゃっと倒したら考えてくれるよね?」

バエルは右手で薙ごうとしたが、シトリーに軽やかに右手を踏まれ、後ろへ回避された。

「っ…………相手は、子供。私が一瞬で片づけられるだろう」

シトリーはそれを聞いて笑う。

「キャハハハハハ! 昔から大人げないと思ってたけどそっかぁ! 子供にからかわれてこんな目に逢ったって、パパ雑魚じゃん!」

「………体が治ったら、まず貴様を捻りつぶしてくれる」

猫と蛙の唸り声の混ざった鳴き声を出し、バエルはシトリーを睨み続けた。

「用心深いパパがやられたって事は、隠し玉を持ってるわけだね。さて、じゃ何に注意すればいいの?」

瞳を妖しく輝かせ、シトリーは問う。

「ふむ、指輪に気を付けろ。覚えている姿を貴様に教えるから、回復するまでは相手を頼んだ。……貴様に頼むなど、不本意ではあるが」

吐き捨てる様に言うと、シトリーはバエルの頭を撫でた。

「……わかってる、パパあたしっちの事大っ嫌いだもんね」

舌を出してウインクを送るシトリーに、バエルは顔を背ける。

「ふん、貴様の趣味嗜好とその振る舞いの理解に苦しんでいるだけよ。もう少し品性があれば態度の改めようがあったのだが」

「どうせあたしっちは手遅れですよーだ、べー」

「戯れはそこまでだ、良いか警戒すべきは……………」

誰も居ない闇夜に、悪魔達の囁きが響いていった。

夜は間もなく明けていく――――。

 
 時刻が、午前一〇時になった頃。

快はソロムに宿泊手続きをしてもらい、アイネスを部屋へ連れていた。

「あなたが、ソロムさん」

アイネスは快のベッドに座るソロムを見つめる。

その姿は、噂に聞く”銀髪の怪物”と瓜二つの外見をしており、アイネスの感じる不安感はより募っていき、快の服の裾を握る事でそれは現れていた。

Hallo kleiner Zaubererどうも、小さな魔術師さん

ソロムは、アイネスの母国語でアイネスに話しかけ、微笑んだ。

「…………Ich werde dir nicht verzeihen, wenn du meinem Liebsten weh tust僕の大事な人に手を出したら許さないぞ

アイネスは、快の手を引き自分のベッドに誘導した。

「ほっほう、そう来るか…………快、良かったな。随分と懐かれてるぜ」

「え………二人ともなんて言ってるか全然わかんなかったんだけど………」

快は、頭の後ろを掻きながらアイネスから離れた。

「ところでソロム、君がどっかに行ってた間に、聞きたいことがあったんだけど」

「お、なんだい」

 快は、アイネスに渡していた小袋を返すようジェスチャーする。

ジェスチャーを受け、アイネスは上着のポケットから小袋を渡した。

快は、小袋を開いて宝石をソロムに見せる。

「これの中の一個、指輪にはめ込んだら………鎧と刀? みたいのになったんだけど…………」

「あぁ、それもその筈だ。元はと言えばその指輪は俺が作った”人間用の”装備品だしな」

「…………え、どういう事?」

「………なるほど、だとしたらその膨大な魔力も納得」

 快が困惑している中、アイネスは頷く。

「普段は、持ち運びやすいようにと指輪の形に仕上げたんだがな」

「仕上げた…………? 気になるけど、まず、なんで宝石をはめこんだら風をまとったのさ」

 快が問うと、ソロムは答えた。

「それにゃ、まずお前に渡した宝石の説明をしないといけないな」

「………お、一つ無くなってる。お前が使ったのは、多分”風のジェダイト”。風の魔力を吸収し育った鉱物でな、はめ込むと風属性の力を扱えるようになる」

「使える魔術、教わる魔術ってのは本来必要な魔力量ごとに初級、少級、中級、上級、最上級、禁呪と分かれてるんだが、その中でも初級から上級の魔術が使える」

「脅威度に直すと、大体Aの魔力を瞬間的に持てる事になる」

 ソロムは宝石たちを指さし解説を続ける。

「つまりこれらは、A級の魔力を与えてくれる。使える魔術については、各宝石ごとに頭に情報が流れてくるからそれに従って選べばいい」

「……使ったら、壊れたし体がなんか軽くなったんだけど…………?」

 快が訊ねると、ソロムは頷いて返した。

「そりゃそうだろ、一回宝石に念じるとその宝石の百パーセントの力を引き出しちまうんだから」

「いいか、魔力を開放できるのは時間にして三分が限界だ。鎧と剣は……宝石無しでも使えるがおすすめはできない」

「あと、鎧は身体能力を高めつつ、体を防御し、剣は人類以外にとって大ダメージを与える。肉体の脅威度Dくらいの奴だったら即消滅が可能」

 ソロムは、一息ついて快の頭を撫でる。

「有効に使ってくれ」

快は、宝石たちを見つめ、指輪に赤黒い宝石をはめ込んで指輪をソロムに見せる。

「じゃあ、これは……………?」

すると、ソロムは快を睨んだ。

「……………絶対に、使うなって言ったろ。まぁ、本当に切羽詰まったときになら許す」

快は、再びソロムに訊く。

「じゃあ、鎧を着た僕ってどれほどの総合脅威度なんだろうか」

「………ふむ、指輪を借りるにもその指輪が鎧と剣になるので測定ができねぇや。また同じような奴を作るにも時間がかかる」

そう言うソロムに、黙っていたアイネスが発言した。

「じゃあ、僕が測定してもいいかな。僕、一応魔術師の家系だからそういう事にはなれてる」

アイネスの提案に、ソロムは鼻で笑う。

「おいおい、大丈夫か? 感じ取れる魔力としては別に問題ないが、イメージに集中できるかねぇ。それか教わったのか?」

会話に挟むようにして快は、ソロムに再び問う。

「………宝石の替えって、ある?」

ソロムは上着のポケットから、快が今所持しているものと同じものを取り出す。

「おう、それぞれ五個ずつあるぜ」

「炎のロードナイト、水のカイヤナイト、風のジェダイト、岩のモリオン、雷のアンバー、氷のラピスラズリ。どれの補充がしたい?」

快は迷わず答えた。

「風の方を五個全部。この宝石の力の使い方を練習したいんだ」

ソロムは黙って風のジェダイトを渡す。

快はそれを受け取ると、外へ繰り出す。

「快、どこいくの? 僕もついてくよ」

アイネスがついていこうとすると、快は振り返る。

「アイネスは、ソロムと行動。ソロム、頼んだよ」

「子守かよ、わーった」

ベッドに座り、ソロムが返す。

快がホテルを飛び出すと、早速指輪にジェダイトをはめ込んだ。

装填完了セット装着チェンジ!」

声に出し、鎧を着けた時のイメージを思い起こす。

すると、指輪は再び変化し体には鎧を纏い、サーベルを手にしていた。

(…………さて、身体能力の確認をしよう)

丁度、ホテルの前の道路を、トラックが通り過ぎようとしているのを見て、快は足を構える。

「そらっ!」

足元を蹴ると、足は軽やかに、真正面に飛びトラックを通り越していった。

(意外と、ジャンプ力があるみたいだ)

快は別車線の道路に着地した瞬間、地面を蹴る。

すると、目の前に見えるビルの三階まで跳躍していった。

(なるほど、今のところは三階が限界かな)

そう思った時、快の脳裏に魔術に関する情報が引き出される。

(なんだ…………?! 頭に浮かんでくるのはソロムの言ってた風の魔術か…………?)

快は試しに、落下しながら手を天に掲げた。

すると地面から突風が巻き起こり、快は一気にビルの屋上まで飛び上がった。

「うわあっ!」

しかし、どう対応するべきかがわからず、ただ快は足をばたつかせふわふわとそのまま地面目掛けて落下していく。

地面に衝突する寸前、体は勝手に浮かび上がり、体を一回転させ足を地面に置かせた。

(鎧の効果だろうか。なるほど、風属性は飛行能力、移動と反射力に優れてるみたいだ)

 直感的に、快は風属性の特性を理解する。

実験をしていると、指輪は元の姿へと戻っていった。

宝石を、粉々にして。

「………お疲れ様」

 呟いて次の宝石を使おうとした刹那――――。

指輪をはめ込んだ、人差し指が赤い液と共に宙を舞った。

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