禁忌の召喚者 第一七話 曇天≪わざわい≫を、晴天≪ちから≫へと。

 青空の下に、満身創痍の戦士たちは跪いていた。

止めようのない血を、黒い道に流し――垂らして。

「おい、快、生きてるよな?」

棕は快の傷ついた体を揺さぶる。

額を真っ赤に染め上げ、隻眼の眼で幼い――死相浮かんだ快の顔を捉えながら。

「なんとか。でも…………全身痛いな、これじゃ…………一人で歩けない」

胸が歪に陥没し、対をなしていた腕を失った肩から赤色を噴き出させ――快はかすれた声で言っていた。

「馬鹿野郎、うちが足になってやるから、腕になってやるから頑張ってくれ!」

快の体を抱き寄せ、棕が立ち上がると棕の背後で浮かんでいたアムドゥシアスが顎を擦り、表情を曇らせる。

(この出血量……………こんな状態で病院は潰れているとなれば、もういっそ…………)

「アムドゥ、変な事考えんなよ。考えたらぶっ飛ばすから!」

曇ったアムドゥシアスの顔を見て、棕は涙を流し、強く言った。

「今なんとかするから、耐えてくれよ」

棕は快の体を一旦置くと、自身の着ていた服の裾を引きちぎり、快の血の噴き出る肩と、失った足に続く太ももに捲きつけた。

快に巻きつけた服の裾は、どんどんと染みが広がっていく。

それを見て、棕の顔は焦燥に駆られ、すぐさま快を持ち上げ荒涼した街中を走り抜けた。

(なんとかしないと、なんとか………!! せめてタクシーの使えるような場所まで…………!)

 視界はぼやけ、足は砕けんばかりに痛みを訴えていた。

それでも、棕は走る。

急ぐ足と共に吐き出される吐息は、血を漂わせつつ。

「ヴェッ…………げほっ、げほっ!!」

ふいに、咳によって肺を圧迫され、歩みが止まる。

「棕、無理をするな。ワタクシに快を渡してください」

飛んでいたアムドゥシアスは、両腕で抱えるようなそぶりを棕に見せた。

「うん…………頼むよ相棒。げっほげほっ…………」

棕はアムドゥシアスに快を渡すと、立ち上がり再び走り出す。

その時。

「待たせたな、大丈夫だったか」

 どこからともなく、凛とした声が聞こえてくる。
 
棕が声の聞こえた方を向くと、そこにはソロムが立っていた。

ソロムは腕を組み、がれきの山を背にもたれ、神妙な表情を浮かべていた。

棕は、ソロムに歩み寄り涙を垂らし――叫んだ。

「待たせたな、なんてよく言えたな!!」

ソロムに送られたのは、棕の全力の拳だった。

拳はソロムの頬をめり込ませ、互いに触れ合った部分を強く赤く腫れさせる。

「………アイネスが殺されて、快がこんなになって……………お前はどこで何してたんだよ!! あぁ!?」

棕がソロムの上着の裾を顔に近づけ引き、真っ赤な目で睨みつけると、ソロムは冷静な目で快を抱えたアムドゥシアスを見つめた。

「あぁ、悪い。魔界で凄く歓迎されてな、魔界の魔王直々に剣の舞踏会にご招待されちまってた」

飄々とした台詞を言う、その声は台詞に似つかわしくない程に真剣な声色だった。

「あいつを追って、魔界へ向かってたんだが、ユンガとはぐれちまってな。その様子だとどうやらまた地上界へ上がったようだな」

「そうなんだよ、とにかく快をなんとかしないと」

慌てた様子の棕に、ソロムはアムドゥシアスの抱えた快を腕から覗き込んだ。

快は、気絶しており、肩と足の出血は止まっていた。

「足と腕がやられてんな………まずい。アムドゥシアスだっけ? 快を寄越してくれ」

「ど、どうぞ」

ソロムはアムドゥシアスから快を受け取ると、両目を開かせ、容態を診る。

(病の進行は魔術で止められてるな。一応生きてはいるが、ここまでいくともう生きてる方が辛いだろうな……………)

両目を診るとうち、片目の瞳孔は内側から破裂しており――視力の回復は絶望的な状態となっていた。

「正直に言うと、拾った初対面の時より死にかけの状態だ。最低限の生活ができるような応急処置はしてやれるが」

ソロムは快の肩を抑えていた服の切れ端をほどき、もう片方の手にはめられた指輪から宝石を引き抜き、再び拳を作って握らせる。

やがて指輪は輝き、失った腕を補うかのように籠手が出現し、装着されていった。

消し飛んだ、片足にも鎧の一部が履かされていく。

その様を見ていた棕は、ソロムに問う。

「これで、義手義足になるのか?」

「そうだ、ただし本人が”必要”だと思い続けないかぎり形を保てない。逆に言えば――意識しなきゃすぐこれが外れてしまう。それに、何の魔力も入ってない状態なんでただの軽い鉄とそう変わらない」

「つまり、奇襲されれば鎧の元になってる指輪が壊れる危険性がある」

棕はソロムの説明を聞き終えて、危機的状況だという事を認知させられ―固唾を飲んだ。

「あとは――目だな。確か、あの時の旅で…………」

ソロムは上着のポケットをまさぐる。

すると、ポケットから片目だけのサングラスの様なものを取り出した。

「よし、壊れてないみたいだな。ちょっとピリッと来るぜ」

ソロムが片目だけのサングラスを快の破裂した目にあてがうと、サングラスから触手のようなものが飛び出す。

触手は、快の瞼の裏に入り込み、本体のサングラスを破裂した眼孔に密着させていった。

(”千天鏡せんてんきょう”。現代からすれば、大昔に作られた義眼――もう少し便利な機能が付いた奴もあるけれど、応急処置としてはこれで十分だろう)

ソロムが千天鏡を手から離すと、千天鏡の入った快の目から――血が流れ出ていく。

血は、千天鏡の透明なガラスのような部分を満たしていき、赤黒く千天鏡を染め上げた。

血液がガラス部分に充満すると、快の体に衝撃が迸る。

衝撃に身を任せ、快の体がえび反りになるとソロムは快の体を地面に置き、その場から離れていった。

「うばああああっ!!?」

 埋め込まれたものからくる痛みによって快は気絶から覚醒した。

「がっ…………うぅ………」

快が頭を抑え、振ると棕が真っ先に言葉を投げかける。

「快! 調子は……………どうだ?」

 心配げに、拭い忘れた雫をその頬に溜めながら。

「もう大丈夫。あれ。腕が痛くない……足も………というか、片方の目、見えてなかったはず……………」

快は、冷たくなった腕で、あるはずのない眼孔を撫でた。

 瞼だけに伝う、冷たい金属質の感触は快に――言い知れぬ違和感を与える。

(感覚が無いのに………腕が? 見えているのに………片目は?)

冷や汗流れ、動悸に震える快をよそに声がかけられた。

「お目覚めだな。死にかけだったんだぜ?」

ソロムである。

「ソロム…………アイネスが…………!!」

快が起き上がり、涙ながらにソロムに飛びつくと、ソロムは頭を撫で――ほの暗い声で言った。

「あぁ聞いたよ、残念だったな。俺がもっと早く来れてりゃ、お前の体もそんな風にはならなかったのに」

頭上から聞こえる優しい声に、吐息かかる髪。

 快のせき止めていた涙は、噴き出していく。

その様をみていた棕は――歯を食いしばり、視線を何もないガレキの山に向けた。

アムドゥシアスは、そんな棕の背中を撫でる。

 嗚咽と嘆き。

弔いと、冥福の祈りが――退廃しきった戦場を撫でていた。

ひとしきり涙も枯れ、快は、ガレキから鉄パイプを持ち上げ地面に深く突き刺す。

鉄パイプに、四人は石で亡き戦友へ想いを書き記していった。

『不思議な奴だと思ってたケド、一緒に居てめっちゃ楽しかったぜ。ありがとうな。 クールでホットななるそーより』

『あなたの勇姿、いたく感動いたしました。あなたこそ間違いなく英雄です。 一介の悪魔 アムドゥシアス』

『お前の守りたかったものは、ちゃんとここに居る。安心しろ、お前の分までせいぜい生きるだろうさ。 流れ者 ソロム』

『少しの間しか遊べなかったし、大変な目にあったりもしたけど、君の情報、力のおかげで何度も救われた、ありがとう。ずっと大好きだよ。 君の永遠の親友 氷空 快』

思い思いに書き記していくと、四人は黙祷し、これまでの想いを馳せた。

黙祷が終わると、四人は黙ってガレキの山と化した街をあとにする。

ガレキの街を抜けると、一行の目の前は車の飛び交う道路とガードレールだけが見える殺伐とした風景となっていく――。

 一行の戦いをビルの廃墟から覗く、影が一つあった。

バッタの様な本体の姿をした、魔王の器である悪魔――アバドンである。

アバドンは快一行の姿が見えなくなると、ジーンズから印章封印札を取り出した。

「報告。 魔術師の子息、魂、消滅。少年、重症。ソロム、健在。悪魔使い、若干の負傷。 少年の宝石は奴に、飲まれた。如何する」

アバドンが印章封印札に語り掛けると、声が聞こえてくる。

『ほぉ、氷のがやられ、少年は生きてはいるか………では、いよいよもって、俺もここでこもってばかりとはいかないか』

「具体的対抗策は」

『―――あいつの今の状態を利用してやるのだ』

『貴様の報告を聞く限りだと今、奴の体にはあの宝石の魔力が体内にあるわけだな…………俺に良い考えがある』

声の主はそれだけ言い放つと、印章封印札越しの声を途絶えさせた。

~外見更新~

氷空 快(一二歳 余命 一か月 二六日)

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