燃え広がる、戦火。
崩壊していく、日常の残骸。
叫び声が天に轟き、銃声もその者の前では霞と消える。
命乞いすら、届かない。
ガレキと、壊れた銃の山を踏み抜いて、それは周りを見渡す。
鋭い、緑の瞳で全てを。
朝焼けと、炎に交じり、その下は先程まで抵抗していた有象無象の鮮血に染められている。
視界の全てが、深紅に統一された空間に、満足げに笑みをこぼす。
「これだ、これだよ………ワシが求めていたのは」
言葉を漏らすと、ジェネルズの背後から――“殺気”がにじり寄ってきた。
「だが、いつも邪魔しに来るのだな。貴様は」
ジェネルズが背後を振り向いた刹那。
閃光をも置き去りにする、斬撃がジェネルズの身を八つ裂きにした。
「あぁ、邪魔させてもらうぜ――徹底的にな」
肉片と化したジェネルズを前に、容赦なく、言い放つ影。
グリード・タタルカである。
肉片は、一秒と待たず全て、グリードに襲い掛かった。
懐に入る事すら許さず、グリードは剣を振りあげようとする――が、すぐさま剣を空中に消し去る。
剣での対応の代わりと言わんばかりに襲い来る肉片を前に掌から、暗黒の弾を放っていく。
命中した弾丸は、肉片が再生する隙も与えず、ほとんどを焼き焦がし、消滅させていった。
グリードの視界の肉片が、消え失せると。
グリードの首を、白く太い腕が強く締めつけた。
(しまった! 消し損ねた破片が有ったかッ――)
「ぬかったな、貴様の弱点はそこだ。皮肉なものだな、最強の力を持つが故に、実質的に顕現させる時間に制限を設けなければならないという剣に苦しまなければならないというのは!」
首に向けられる、死の圧迫感。
それは容赦なくグリードの肺の酸素を奪っていく。
グリードはすかさずジェネルズの腕を掴み、空中へ背負い投げ飛ばした。
投げられた衝撃のまま、ジェネルズの体が宙を舞うと、ジェネルズは空中で反転し――片腕の拳を地面へ向ける。
瞬時に向けられた拳は、ジェネルズが瞬きすらせぬうちに炎と氷の光球を纏っていく。
上を向いていたグリードには、纏っていくものの正体が掴めていた。
グリードが地面を蹴り、飛翔した刹那。
「待っていたぞ! “真ノ救済二溺レヨ!!」
ジェネルズが拳を突き出すと、ゆうにジェネルズの体格の十倍以上の大きさになる、白銀の竜を模した熱線と氷の光線が放たれていった。
光線は、一直線に拳を突き出した方向――グリードの方向へと向かう。
瞬時に、グリードは剣を取り出そうとする――――が、周りの状況に、阻まれた。
(まずい、あの剣で切ろうものなら――剣の魔力と反発して爆発する! 威力が分からないなら、うかつには出せないか!)
苦渋に、唇を一瞬嚙むとグリードは片腕を上へ振り上げた。
すると、空中に穴が空く。
それは、グリードの爪によって、空が裂けたかのように。
(魔術か、なら……禁忌権、発動――“|我ガ欲シタ永久ナル解放ノ果テ《ブラックアウト・ダンスホール》)
穴は、光線を吸い込むと同時に、ガレキや建造物を吸い込んでいく。
ジェネルズは空中で留まろうとするが――深淵を覗かせる空間へと繋がる、穴の前には些末な抵抗でしかなかった。
ジェネルズの体が、吸い込まれていった瞬間に、グリードは穴を狭めていく。
そして、グリードも穴の中へと入っていった。
――――穴の中に広がるのは、深淵。
そこには、一切の光が届かず、音もなく。
ただ暗闇だけが、無限に広がっていた。
漆黒さえも薄く感じさせるほどの黒に塗られた空間にも関わらず、互いの体ははっきりと映っていた。
さも、その空間自体にとっての、異物であると言わんばかりに。
「またここへ来たな、グリード…………この貴様の生み出した――“禁忌権”によって空間を破壊することで作られたあらゆる次元と境界の、溝に」
ジェネルズが腕を組み、笑うとグリードは、全身に力を籠める。
すると、その引き締まった筋肉の宿る痩躯は、一瞬怒張した。
怒張の瞬間、“内に秘めた何か”が開放を示すかのように、空間が揺らぐと、漆黒と白銀の混ざったオーラがグリードの身を包み込む。
そして――オーラに応えるように、どこからともなく鎧と剣がグリードの体に装着される。
「その姿になるのは、随分と久しいな。もっとも、たった四十年前だがな」
既存の、色という概念を捨て去ったが如き悍ましい造形の鎧を前に、尚も堂々としてジェネルズは嘲笑い――全身の筋肉を怒張させた。
すると、背中から四枚の翼が現れ、足元から――白銀の尻尾が垂れる。
腕は既に人のそれとはかけ離れ、より太く、巨大な腕となっていた。
その姿は、もはや半竜と呼ぶにふさわしく。
神話に語られるべき、姿をしていた。
「なぁ、ジェネルズ。今から一つ、質問をしてもいいか?」
兜にこもった声は、正面に構える怪物に向けられる。
空間全体が振動し、左手に握った、変形し伸びた、暗黒の大剣に力を加えつつ。
「何故お前は、そうまでして全世界の種族を根絶しようとする」
問うと、ジェネルズは全身を奮わせ、答えた。
「簡単、世界を一つにするためだ――全生命をワシの糧とすれば、この世界に、ワシの気に入らないものが減る。即ち、“命”への徒な冒涜。つまり――死が」
「生を謳歌する者にとって、徒と散る死程の恐怖はない、だからこそ、目的成せぬまま無駄に死に、あるいは殺されていく者どもに慈悲をくれてやるのだ」
グリードはそれを聞き、剣を構える。
緑の瞳に据えたのは――相反し、己と争い続けるであろうもの。
決着を、付けるべき仇敵。
「相も変わらずだな、独善を気取って、自分が全部を喰らいつくす……お似合いだ、その醜い姿は」
ジェネルズは、グリードに対し、両手の鋭く伸びた爪の切っ先を向け、続けた。
「グリード、お前はワシを独善と罵る。だが、独善による先導無くして――正当なる公平と幸福はあり得ないだろう」
「貴様の死を以て、各世界への挑戦………革命の為の、礎とさせてもらうぞ」
言い終えた直後、ジェネルズの背中に翼の間から蛸のそれを思わせる触手が生えだす。
(なるほど、どうやら見ない間に随分たくさんの犠牲者をだしたみたいだな)
触手は、グリードの首筋に襲い掛かっていった。
が、触手はグリードから二mの地点で悉く、消滅していく。
ジェネルズは、ただ驚く様子もなく見つめていた。
「渾然一体、十人十色、素晴らしい事だ」
「和平、正義。美しい事だ」
「――だが、それらを言い訳に害を成すのは反吐がでる」
「いいだろう、お前の独善に付き合う、悪役を演じてやるよ!」
空間は、揺らぐ。
漆黒の続くそこは、|終末の再来と再生の訪れの鐘を、担い。
誰にも知られぬ、一瞬で着けるべき戦いが、開幕を告げようとしていた――。
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