ー孤独なる魔王一七.五話ー勇者ー

 名もなき村で育ったとは思われぬであろう天を穿つ程の得体。

雷を宿したが如く、鋭い眼。

鮮血を浴び続け染められたとさえ思わせる、深紅に燃える長き毛髪。

怪力無双にして、歴戦不敗。

彼の者に敵は無し。

魔族を組み伏せ、敵国をひれ伏させ、竜の力すら手に入れた。

彼の者に、不可能は無いと誰しもが思ったであろう。

されど、彼の者は一人の人間である。

__レクスが目を覚ますと、そこはもはや元は自分がどこにいたのかさえ分からない程に炎に包まれ燃え広がっていた。

「何事だ!?」

レクスは体を起こし、懐から短剣を取り出そうとした。

しかし、自分の体には鎧は着せられておらず、代わりに真っ黒な包帯が巻かれていた。

「この炎……くっ、煙がっ……」

レクスは炎の壁を、腕で口を塞ぎながら突進し続けた。

すると、軽装の兵士達が玉座の間で水の入ったバケツを持ち、魔術師が水魔術を放っていた。

「おい! これはどういう状況だ!?」

レクスが軽装の兵士に怒鳴るように声を張り上げ訊ねると、兵士は一瞬怯み答えた。

「ひいっ! はい……つい四か月ほど前の遠征で手に入れた巻物を狙って隣国のドルン小国が攻め入ってきまして……!」

「ドルン小国!? 馬鹿な!! あそことは同盟国のはずであろう!!」

ドルン小国、それは数少ないブロード王国が滅ぼさなかった国の一つである。

かつて宣戦布告されていたが、同盟を組む事で平和協定を結び、国を残す代わりにブロード王国に有利な条件を提示され生き残った国である。

その条件とは、小国の生産品即ち穀物や衣類の生産した量の内の五〇%をブロード王国に税として納め市場で販売するブロード王国の輸入品に、四十%もの税をかけるというものだ。

レクスは兵士の肩を軽く叩き、通りすがりざまに歯を食いしばった。

「……なるほど、侮られたものだな。恐れていたのはこの国ではないという事か」

「レクス様!外には小国の連中が……!それに、そのお体では……!」

兵士は立ちふさがり、レクスを止めようとした。

しかし、レクスは声を張り詰め怒号をあげた。

「どけェ!!! 呆然と立っているだけのでくの坊に用などないわ!!」

兵士は尻もちを着き、そのまま走り去るレクスを見送った。

「四か月も眠っておったのだ、王としての務めを今ここでせずして何が英雄だ!!」

レクスは階段を飛び降り、壁に立てかけていた剣を持ち城の外へ出た。

城下町と言われ繫栄していたそこは、レクスから見て数百人の騎馬兵に取り囲まれ、城下町の先の門には弓兵が待ち構えていた。

騎馬兵は、城下町の町民を縄で縛り、家に火をつけ暴れまわっている。

やがて、レクスの出現に気付いた騎馬隊の隊長と思しき、マントを羽織った小国兵がレクスに槍を投げ声を上げた。

「いたぞ!!”魔王”だ!!」

その声と共に、騎馬兵たちはレクスの方へ走り向かって行った。

「俺が……”魔王”だと?」

レクスは投げられた槍を手でつかみ取り、空いている腕へ持ち替えた。

「俺は、昔から魔族を倒し、最近は魔界で最強と名高い魔族を倒したのだぞ……? それを言うに事かいて……」

レクスは槍を構え、目標を見据えた。

「愚かなッ!!!」

空気を裂く音すら置き去りにしたその一撃は、命中し騎馬兵の馬の頭部を貫き、乗っている兵士の腹部をも貫いた。

「ぎゃあああああ!!!?」

そして、馬に振り下ろされることも無く、馬と共に兵士はその場から倒れていった。

「この投擲速度……やはり人間ではないな!! やれ!!」

騎馬隊の隊長は腰に携えた剣を引き抜き、レクスに突撃した。

それを合図に騎馬隊は一斉に持っている槍をレクスに向け、猛進する。

レクスの周囲を取り囲み、円形の陣形から繰り出される一斉攻撃だった。

「来い! 卑怯者共が何人集まろうとこのレクスには悉く無駄だという事を知れ!!」

レクスは迫りくる隊に、瞬時に姿勢を低くし剣を構え、馬の脚を切り落としていった。

騎馬隊は、進撃しているこちらが有利であるはずが、一瞬で瞬きもしないうちに視界から馬が、兵が消えている今の現象に理解が追いつけなかった。

事実は単純なもので、馬が接近してきた瞬間、レクスが馬の脚を切断し、落ちてきた兵士の首を一刺ししていたにすぎなかった。

(魔力が回復していれば……)

馬の脚を一五〇体分程切った所で、レクスは息を切らす。

それもその筈、傷が癒えていない上魔力が枯渇した状態でレクスはこの場に臨んでいるのだ。

そして、とうとう騎馬兵の一人の槍がレクスの腕を貫いた。

「しくったかッ!!?」

槍で貫かれたのを皮切りに、どんどんと騎馬兵の一撃がレクスの体に容赦なく打ち込まれていく。

「グルル……この程度でえええ!!」

レクスは無理矢理腕を動かし、腕を貫いた槍を持った兵士を振り落とした。

「暴れるな!! ぬああっ!」

振り落とされた兵士は、すぐさま体制を立て直し剣を抜きレクスにそれを振り下ろした。

「民の苦しみも、貴様の首が飛ぶと共に終わるんだ!!おとなしくくたばれえええ!!」

レクスの首に下ろされた刃。

それが当たる事を許さずレクスは槍の刺さった腕を立てた。

肉が切られ、刃は骨に到達した時点で止まった。

「そんな……化け物か!?」

兵士の剣を持っていた手は、震え剣を離していた。

レクスはそれを見ながら、歯を赤く染めながら笑い、自身の体に刺された数本の槍を歯で引き抜いた。

その様子に、騎馬隊全員が恐れ、馬もいななき一歩下がった。

「化け物だの魔王だのと好き勝手言ってくれるな? 良いか? 国を守る者の覚悟とはこういう物を言うのだ」

レクスは笑みを浮かべながら、動かなくなった両腕をぶらりと垂らし騎馬隊の隊長を睨んだ。

「……一つ聞きたい事がある。貴様らは一体何が目的だ?」

レクスがそう聞くと、騎馬隊隊長は答えた。

「この国を制圧し、我らが国の領土とする。そして、お前が持っている巻物を奪うのだ」

「……ほほう、情けをかけて交渉に応じてやったというのにか」

「情け? いいやあの過剰なまでの税をかけているにもかかわらず貴様の国に依存するかのような采配をしよってからに………それを貴様の国では情けというのか?」

隊長は剣を持った手を震えさせ、兜で隠された歯をむき出した。

「勝手に暴れまわり、手当たり次第に自分が気に入らぬ国を滅ぼし……古代の力すらも手にしたというではないか」

「貴様のその鬼畜の如き所業、魔王と言わずしてなんという……!」

それを聞き、レクスは再び笑った。

「ほう……? フハハハハハ!!」

「何を笑っている? 己の罪を今更悔い改めるとでも言う気か?」

隊長が剣を向けながら言うと、レクスは口を開いた。

「よく考えてみることだ、そもそもその条件が誰が提案したかを」

「黙れ!!貴様がそそのかしたのだろう!!」

隊長は剣の柄を強く握りしめ答えた。

「俺は何も言っておらん、だがお前の国の大公は……自分の意思で進んで提案したのだぞ」

「何……?」

隊長はその言葉に、一瞬戦意を失った様子を見せる。

が、すぐに元の姿勢へ戻った。

「ふ……ふざけるな! 事実を捻じ曲げる気か!!」

「ふざけてなどいない……城にはしっかりと誓約書しょうこまで残されている……信じられぬなら見るか?」

「話が過ぎたな、所詮お前は下に就いている人間に過ぎない。俺が悪だと信じて疑わぬようならここで殺すがいい」

挑発的な態度をとり続けるレクスを前に隊長はいよいよ剣を渾身の力で振り下ろした。

瞬間、隊長の首がレクスの口に咥えられていた。

「哀れよな、しかし恨むならあの世で恨め」

レクスの渾身の体当たりによって、鎧兜を身に着けていた筈の騎馬隊隊長の馬は倒れ、隊長の体にある、鎖帷子に覆われていた首が無くなっていた。

その惨澹にして衝撃的な光景は、レクスの周囲を包囲していた騎馬兵達の、橙の顔を蒼白へと色を流していった。

「さて、頭の弱い隊長はあの世へ馬を置いて走って行ったぞ」

しきりにレクスがそう言い終えると、口にぶら下げていた隊長の首から牙を離し、騎馬隊の前で見せつけるかの様に地面へ落としたそれをレクスは踏み砕いた。

「か……怪物だ!!」

騎馬隊の中でも小柄な兵士がうろたえながら兜の中を涙に湿らす。

「怯むな! あいつは傷だらけだ、あの血を見ろ!手足も胴も穴だらけだ、我らが有利な事に変わりは無い!!であえであえ!!」

大柄な体躯の騎馬隊兵士が勇んでレクスへ槍を突き立て、馬を駆りたたせた。

「……俺が、貴様を前に倒れるとでも? 身の程を知れ」

レクスは突進する馬の脚へ蹴りを入れ、馬の足元を崩す。

すると、バランスを崩した馬は兵士とともに横へ体を落としていった。

「ぬあああ!?」

兵士の体が、地面へ転がった瞬間_

兵士の胸を、レクスの足が潰した。

鎧を砕き、肋骨さえも砕いたその足は赤く染まっていた。

隊の指導者、隊の中でもひと際勇猛かつ巨大な兵士、兵の数々をなんの装備も無くして返り討ちにする一国の王を前に小国の兵士達の歩みは自然と後退していった。

「……ひ、引き上げよう……」

小さな一言に、その場の全員は頷き城下町から立ち退こうとした刹那、レクスは隊の後ろ姿に声をかける。

「待て、俺の国を襲っておいて五体満足で済むと思うか?」

レクスが血にまみれた片腕を天へ掲げると、暗雲が空を覆い始めた。

「準備運動は終わりだ、これより始まるは貴様らへの応酬……すなわち虐殺よ」 

暗雲は雷をまとい、鈍い音を鳴らしていく。

「撤収!! 走れ走れ!! 転移魔法を使える者は至急魔法陣を広げておけ!!」

門まで続いていく、城下町の広い通りを駆け抜けていく兵士を乗せた馬。

城下町を抜けた瞬間、空から白い雷が兵と、門の先に居た魔術師、弓兵の身を貫いた。

悲鳴すら上がらず、光に包まれては消滅していく小国の兵達。

状況を黙ってみていた、縄で縛られた町民達の顔には笑みがこぼれていた。

 「偉大なる王、我らが守護者に敗北は無い」

民は歌を捧げる。

民の愛する、国の歌を。

深紅へ変えた、傷ついたその体に向かって。

神秘すらも手に収め、魔界をも蹂躙した王へ。

片腕を上げ続けていたレクスはただ、黙って背中を曲げながら歌を聞き届け魔術を放っていく。

 ある国は、守られた。

そして、ある国は、滅びた。

__戦いを、城壁の陰から見ていた”人ならざる者”は、戦いを見届けた後そっと呟いた。

「俺にも、かつてその強さがあればさぞ……」

その者は黒い外套に包まれた故国の衣装から、手を伸ばし爪を見た。

漆黒の、死体の如く青白い手から伸びた鋭利な爪だった。

「よそう、俺の選択に間違いは無い」

自然と出た言葉は、自身に言い聞かせるようなもの。

「レクス・へロス・ブロード……お前、否、貴君に相応しい称号を贈るとすればこう称えようか」

懐から、羊皮紙を取り出し爪でひっかき文字を書きはじめた。

「…… ”永久に続くRex英雄HerosBlood”……」
「そのものがたりは絶える事は無く、永遠に語られるであろう。貴君へ捧ぐ、誇り高く、忌々しきその名は_

「”勇者”」______

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