唯一匹の悪魔の戯言 弐

【深海入水】

深海に沈む。

ひたすらに冷たく、口からこぼれる呼吸の泡すら吞み込んでいく。

深く、深く。

暗く、暗く。

私にもがくことを、許す事なく。

浮力も心もとなく、痩躯を浮かばせるには足りない。

視界も段々と、暗くなっていく。

何も動かぬ、珊瑚も私を嗤い。

何も知らぬ、魚共は私を見下して。

紺碧は暗黒へ。

そうして暗黒は、私の眼を満たし。

やがて深淵は、私の肺を満たし。

原初の宇宙の模倣とさえ思える空間に、取り残される。

そんな感覚は、今日の私にも、眠りを与える。

夢想の、深海入水。

空想の、深淵入眠。

【りんごと糸に冬】

寒いね。

あぁ、寒いね。

私の心に、稼働する暖気と一緒に温もりを与える。

空間は私ときみの談笑に包まれる。

雪景色のおかげで、きみの結晶の肌はりんごになって。

こたつを挟んだ先の、りんごを私は思わずそっと撫でる。

思わずかじりついてしまいたくなって。

こたつを挟んだ先の、りんごに口づけする。

もっと真っ赤に。

もっと甘くなった。

そんなりんごに、触れて。

撫でて、愛でていたかった。

談笑も、聞こえていた声も雪景色と消える。

伸ばした手は、骨ばって何もつかめずに。

震えながら、白くなった糸を頭に垂らし、私は冬を閉じる。

寒いね。

あぁ、寒いね。

【みんな】

チャイム。

みんな、またね。

声を聞いて、僕も後ろを向く。

背にした友達は、やがて僕を置いていく。

僕を、おいていった。

僕も、みんなをおいていった。

みんな、じゃあねって。

友達は、僕を背にして。

またあした。

何度見たかわからない、ゆうやけ。

みんなとあって、おうちにかえってめのまえをくらくする。

ゆうやけは僕。

みんなは、そら。

ちゃんと、帰れてるかな。

僕は、今日の思い出と一緒に、友達を背にした。

【洞窟、鬱屈】

気持ち悪い。

足が遅い。

ぐず。

のろま。

怠け者。

不細工。

害児。

罵詈雑言。

脳裏に聞こえる。

反響する。

暗い洞窟に、水の滴る音が延々と聞こえるように。

渇いた洞窟に、決して潤う事の無い水が落ちてくる。

思い出す。

自分の罪悪の全てを。

泥水になって、折角の私の静かな洞窟に騒音を立てる。

止せとも言えない。

かといって、続けて欲しくも無い。

鎮まるのを、待つだけ。

誰も、もはや何も言っていない。

最初から、そうなのに。

声は、ずっと洞窟に響く。

きっとこの洞窟は歪なのだ。

天井は、鍾乳洞。

床は、冷たく。

時々届く光に怯えて。

時々暗くなる。

ここにあるのは、誰にも理解し難い洞窟。

だから、誰も来ない。

【薔薇の川】

薔薇が、漏れ出てきた。

声の代わりに。

喉の奥から。

使う事の無い、喉がもう疲れてしまったのだろう。

必要ない、薔薇も出ていきたいのだろう。

それは赤くて綺麗で。

私の中の、薔薇の川からはみ出してきた。

手に浮かぶ紅と、色の違う手首の薔薇の川のコントラスト。

いつか、止まるのだろう。

せき止めれる事は、なくとも。

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