「貴様ら、わかっているのだろう。ワシの体を」
ジェネルズは快に向かって言う。
快は対して、歩みを進めて行った。
倒すべき者の戯言等、耳にしていないと言うかのように。
目の前で、快の歩みと共に修復を始めるガレキに、ジェネルズは目を丸くした。
快と共に戦ってきた者達も、同様に。
燃ゆる炎を鎮め、宙に浮き、あるいはひびを埋めていく鎧の闊歩。
その様は、神話に紡がれてきた如何なる神秘や奇跡よりも――雄大に感じさせた。
宙に浮いたガレキを足場とし、ジェネルズの前に快は双剣を構える――。
「かっ、快! 無茶するな!」
棕が叫んだ。
叫びに応え、快は、兜から覗く瞳を輝かせ足場を踏みしめる。
「お仲間の忠告は、素直に引き受けておくものだぞ」
ジェネルズは笑みをたたえ、再び背中から触手を展開する。
それらは鋭利な先端を、槍の散弾の如く快の正面へ一本残らずまっすぐ襲い掛かって行った。
(させるか!)
ユンガ、棕、キマイラ、アムドゥシアスの全員が、一つにジェネルズへ攻撃を仕掛ける。
快は、双剣を構えたままにしていた時。
触手は、一瞬で崩れ落ちていった。
鎧に触れる事さえ、赦さぬように。
「貴様!! どんな魔術を!?」
ジェネルズが快に驚愕した様子を見せていると、ジェネルズの背中は切り裂かれる。
キマイラとユンガの、紫電と炎を纏った爪によって。
「感動の再会を果たさせてくれた礼だ」
紅の瞳は、天を裂く稲妻で白銀の肌を抉り。
「こんなものでは足りぬがな!!」
獣は口から、憤怒の業火を吐き散らし、肉を焦がして。
人間と、漆黒の翼は怪物の内側を揺るがす。
ジェネルズは、追い込んでいた者たちの猛攻に、口許を歪ませた。
「貴様らも懲りぬか、ならば、貴様らから――」
言葉の端を言い切らぬ内。
三つの色が、ジェネルズに降りかかった。
白き閃光の一筋。
黒き斬撃。
そして――己の身から漏れ出た深紅。
色たちは、ジェネルズ自身の足と腕が切り飛ばされた事を告げる。
視界が横転していくと、ジェネルズは残った右腕で地面を掴んだ。
残った腕と足を、自重によって倒れかける体の支えにして。
「快、だったか……お前のその力は強大とみた。だがワシには再生力がある、如何なる攻撃も無意味だ」
ジェネルズは口から血を吐き出しながら言った。
欠損した体を憎々し気に一瞬みると、快の方へ向く。
すると快は、兜の中でくぐもった声で語り掛けた。
「ジェネルズ、お前のやったことはもはや神にも裁けないとさ」
激情の包まれた、冷淡な言葉。
「何を、何を言っている?」
ジェネルズが立ちあがろうともがく。
しかし、手足はまだ再生している最中であった。
肉が蠢き、断面から露呈した骨が伸び続けている。
ジェネルズは、自身に起こっている事と、快の鎧に歯を震わせた。
認めるに難い、事実がそこにはあったのである。
(再生が、恐ろしく遅い!?)
ジェネルズは、腕、足の第二関節を担う骨が伸びたところで地面を刺し、立ちあがり周囲を睨む。
驚愕を示した、眼で。
「ほほぉ、一人の人間がよくぞここまで……」
ジェネルズは両腕を広げ、骨の手で両手を叩いた。
「斬られた瞬間に分かったぞ、その剣の魔力……いや、神性……神が神を寄せ集める力が宿り、この地の冥界の神と、天界の神の力を宿らせた……違うか?」
その様を見ていたユンガは、気づく。
快を覆う、神々しさの正体と――畏怖を抱かせる混沌とした覇気に。
(姉様やグリードに近いオーラ……そしてこの剣の神々しさ、まさか天界の生命神イザナギ、冥界の死神イザナミ?! それだけじゃあない……鎧に天界と冥界の神々が一体になっている?!)
「だとしたらなんだ……僕は、お前を許さない」
ジェネルズに、快は強く言い放つ。
清涼さを感じさせるであろう、少年の声に似つかわしくない程の殺気を孕んで。
快が地面から軽々と浮かび上がると、鎧から後輪が形成されていった。
後輪に映るのは、古今東西の神の姿。
空中を強く蹴り、流星の如くジェネルズに向かって神々の裁きが、オーラを纏って振り下ろされていく――。
「神の力なぞ借りたところで、貴様は結局のところ、一人では無力な坊主だという事を知るが良い!」
ジェネルズは、向かってくる裁きへと地面を蹴り、飛翔する。
地面を蹴る足は、修復を遂げた道路を踏み潰し。
神の威光纏った、かつての餌と衝突した。
イザナギの矛先を、拳で受け止め――。
「?!」
受け止められなかった。
触れた瞬間、受け止めたとは言い難いモノだった。
ジェネルズの体が、一瞬で完全に回復した瞬間、内側から肉が弾けとび。
内側の触手が、腹から飛び出し、複数の箇所からジェネルズに苦痛を与え始めたのである。
無理矢理内に支配した、複数の魂が自我を再び持ち、反逆を示すが如く。
痛みに怯んだ瞬間、次なる一撃を快が下ろす。
ジェネルズは対して、左腕を下ろし刃を受け流す構えを取った。
血走った眼で、刃の軌跡をたどって。
快の表情は、もはや虚ろに近いものだった。
それに宿ったものは、たった一つであるように
“目の前の敵を、倒す”。
受け流さんとした腕は、快が切り裂き――ジェネルズの目の前で飛んだ。
その断面は、斬られた、というには遠く。
腐り落ちたかのようだった。
「今ので分かった。この双剣の力……天地創造夫婦神剣のそれぞれの力に。まぁ、もう知る事も無いだろうけど」
快は、瞼を閉じ、語った。
「冥府殺処神剣は、あらゆる魂を死に絶えさせ、壊死させる……対して、現世産屋神剣はあらゆる生命を癒し、活力を与える」
「……どれも、沢山の犠牲者を出してきたお前にはおあつらえ向きの力という訳だ」
浮遊し、快がジェネルズに近づく。
「たかが人間も……“禁忌”となれるとはな」
快は、ジェネルズに言葉を発させる前に次の一撃を与える。
ジェネルズの蹴りが、神速を超える速度で、快の胴に放たれると、快は一瞬怯む。
「かかったか、所詮は人間。神も竜をも超えた存在たる禁忌の域にまではいかんか!」
怯んだ隙を狙い、蹴りの山を浴びせかけていく。
鎧から伝わる衝撃は、快に振動として伝わり、一切の攻撃の余裕を殺していった。
蹴りの五月雨は、やがて鎧越しに快の肋骨を砕いていく。
そして――地面へと落としていった。
地面へ背中が付いてなお、ジェネルズの猛攻は止まらなかった。
快は攻撃を受けつつ辛うじて、自分の居場所を鎧から響く音で、察知した。
耳から届いた情報は、港の波止場にまで飛ばされていた事に気付かされる。
(一瞬、ほんの一瞬でいい。奴の腕が再生してもいいから次の攻撃の体勢になるまでの時間を――!)
快は、荒れ狂うさざ波の音に、思考を研ぎ澄ませる。
瞬間、自分の体に宿る魔力を――使う結論に至った。
(鎧の形は変わったが、やるしかない!)
快は、蹴られながら強く剣を握り、念じ始める。
背中からは既に、水が噴き出ているのを感じていた――。
「神頼みか! 最期の最期で坊主らしいな! ならば海に沈むがいい!!」
快の胸が、次なる一撃で潰れかけんとした直後。
巨大な津波――もはや、水の大砲と形容すべき津波が、ジェネルズの体に襲い掛かった。
「がぼっ!?」
波はジェネルズだけをさらい、快から体を吹き飛ばしていく。
波の軌道は、道路から外れ、ビル群よりも高い位置まで押し上げていった。
陸から、海から追放すべき存在を。
空を覆う、雲と同じ位置まで押し上げられるとジェネルズは自身の魔力を、開放する為の魔術を使う。
快の扱うのに使った魔力以上の、魔力によって、自分を封じた波を弾け飛ばしていく。
水の中から現れ濡れた体は、既にほぼ元の体を成していた。
「頭を使うじゃあないか、だが、もうお遊びも大概にさせてもらおう」
そうジェネルズが言うと、ジェネルズの体は発光しながら変貌を遂げていく。
少しずつ、辛うじて人型と認識できるその姿から、崩れていった。
――が、それを許す事無く、ジェネルズの首は飛ばされた。
「何……?!」
空中で回転するジェネルズの見た光景は、目を疑いたくなる光景。
永く生きてきた記憶の中で――初めての感情を覚えた瞬間だった。
人間達が口にし、己とは最も遠く、一方的に与え続けるであろうもの。
“絶望”。
快は、ジェネルズの、古傷の残る胸元に容赦なく――双剣を深々と刺していた。
肉体は、腐敗し続け。
体内の、取り込んだ魂達は暴れだし。
快は、忌々し気に飛んだ首に対し――睨む。
「遊びじゃないんだ。僕はお前が作り、体に絡まった――挙句訪れる死への道をここで断ち切ってやるッ!!」
双剣を刺しながら、ゆっくりと振り下ろす。
すると、断面から血液と共に、複数の光があふれ出しどこかへと飛び去って行った。
それと共に、ジェネルズの屈強な体から少しずつおぞましさを感じさせる要素が消えていく。
翼。
触手。
そして最後には、断面から黒い手袋に包まれた手が伸びていた。
快は、見覚えのある黒手袋を強く引っ張る。
そこから現れたのは――上着を無くした戦友の姿だった。
「グリード!」
呼びかけると、グリードは目を覚ました。
「……!? しまった、油断して取り込まれていたか!」
すぐさま、魔力を使い空中浮遊すると、周囲を見渡す。
後ろにある、ジェネルズの体を見てグリードはすかさず一撃を与えようとする――が、快がそれを止める。
「グリード、このまま封印はできないか。体だけ」
吐息を漏らし、快は伝えるとグリードは頷く。
その行為の意図を、汲み取っていた。
「さぁ、後悔しろ。自らの所業に」
快は、胸から太ももを切り裂いていき、完全に切断すると心臓に当たる部分を貫く。
その背中には、刃先が貫通していた。
「無限に死に続け、無限に存在を否定され続け――生と死を味わえ」
グリードは指を鳴らすと、深淵の扉――空間の穴が開く。
穴は、ジェネルズの体を剣ごと吸い込んでいった。
頭部が穴の前までやってくると、快はすかさず髪の毛を掴み取る。
「楽に、無間地獄へ堕ちれると思うな」
ジェネルズは、薄れゆく意識の中で、戦慄した。
侮っていた者に、呪いの言葉をかけられ。
「僕にはほぼもう力が無い、だけど、これぐらいはさせてもらう」
快は、暴れるジェネルズの頭を持ち、両手で押さえだす。
「なっぐ……小僧がこのワシを潰すとでも? やめろそれ以上――」
ジェネルズが言葉を発した時。
快は、ジェネルズの頭蓋骨を粉砕する。
その破片は、穴の中へと消えていった――。
地上に残された者達は、包まれた静寂の中待っていた。
「……あやつは、大丈夫なのだろうか。やはり我々も飛び込むべきだったろうか」
キマイラが言うと、アムドゥシアスが返す。
「お言葉ですが、あんな状態だと我々が巻き込まれながら、快君に気を遣わせ全力で戦えなかったと思います。あとは……」
続けて、ユンガが俯きつつ答えた。
「待つしか、無いか」
全員が、暗闇に瞳を閉ざしていた時。
何百回と視界を照らしてきた朝焼けと共に――少年の姿が一行の目に映った。
「おーいっ!! みんなぁ!!」
太陽を背にして、肩の荷が、全て降り――晴れ渡ったかのような顔で、少年は手を振りながら向かう。
「快!」
全員が、その少年に抱き着く。
その肌に、痣は既に無く。
少年は――これからの生に胸を膨らませていた。
名を、朝空 快。
死という永劫の呪縛に抗い、生という限りある自由を享受した――少年の名前である。
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