デモニルスの創世神話

デモニルスが語りし宿命

 デモニルス歴。

それは、真の人類最古の物語。

誰にも知られぬ、人類の原初の歴史の時代である。

幾度となく滅んでは再生を繰り返した各『世界』の祖。

今こそ語ろう、『世界』の記憶を。

 虚無。

そこには、何も無く。

ひたすらに虚空が続く。

神と呼べる存在も居らず、宇宙の骨格すらも無かった。

空間も存在せず、時間の概念もまた無い。

闇も、光もない。

次元も、宇宙を含めた地上界などの『世界』も。

 しかし、ある時だった。

『次元』という概念が生まれたのは。

次に、『空間』が誕生し、そこから巨大な竜が二頭現れた。

一匹は、三つの頭に、巨大な翼を備え、二本の尻尾を生やした漆黒の竜『暗黒竜』。

もう一匹は、白銀の体に、巨大な翼をはためかせ、長い一本の首を生やした竜『光聖竜』。

 二頭は、空間から姿を現した瞬間から、争い続けていた。

暗黒竜と光聖竜が激突した瞬間に、互いに傷つきあい、その鱗は闘争の果てに剥がれ落ちる。

剥がれ落ちた鱗は、後に鱗同士が融合し、一つの物体となった。

それが、後に惑星と呼ばれ、地上界の部隊の中心となる―――原初の地球の姿である。

互いに争い合い飛び散った血液は、混ざり合い凝固し、後に銀河と呼ばれる場を成していった。

 戦いの果てに、二頭が力尽きた時。

その骸は原初の地球に落ちていった。

暗黒竜と光聖竜の死体に残された魔力は、やがて離れていき、互いに剥がれ落ちた鱗に宿る。

 鱗に宿った魔力は、光と闇属性を宿したもの。

後の世に、原初属性と呼ばれる属性であった。

 暗黒竜の肉体は、鱗が全て剥がれていくと溶解していき――地球の核に染み渡っていった。

地球の核にまで染み渡った、液状化したそれは新たなる、全くの別空間を魔力によって形成し、広大なる『世界』を生み出す。

原初の『魔界』の、誕生の瞬間である。

光聖竜の死体も同様に、地球の地面へと溶け出していく。

しかし、暗黒竜の液状化した肉体によってそれは阻まれ、光聖竜の肉体の一部は空へと昇って行った。

空へと昇って行った肉体は、空に広がり眩い光を放ち異空間を発生させる。

そうして、原初の『天界』が、産声をあげた。

 創世の後、地球に光聖竜と暗黒竜の鱗が降り注いでいく。

大気圏を切り裂く鱗の竜星群は、魔力を帯びており、地面に着弾するごとに爆発を起こしていった。

 元の主と、再び融合せんとする鱗は、大陸に張り付く。

光聖竜と、暗黒竜の死骸が混ざり合った、その大陸へ。

相反する属性の塊に、対消滅する鱗たちの中で、一部の鱗同士が結合していった。

同程度の魔力を帯びた、鱗達は自我を持ち始め、自然と違う属性を持つ鱗を求めあい、形を成型する。

 そして、この次元においての元素をもたらす、暗黒竜と光聖竜の子らが生まれた。

竜の子らは、生命にとって、必要不可欠な概念―――即ち、独自の基本属性と情を司っていたのだ。

 炎竜は、炎、火山を司り、この世に火を与えた。

それと同時に、後に芽吹く命に情熱、活力を与え―――憤怒と傲慢を生み出す。

 風竜は風、台風を司り、この世に風を吹かせた。

同時に、命に自由と敏を与え、蒙昧と移り気を宿させた。

 水竜は、水、海を司り、この世に水をもたらす。

後の生命達に、慈しみと包容の心を落としこみ、悲しみと嫉妬を宿していった。

 岩竜は、岩、富を司り、この世に鉱物をもたらした。

岩竜によって生命達は、決意と富を得て、頑固さと堕落を精神に不随する。

 氷竜は氷、氷河を司り、この世に氷をもたらした。

氷竜の存在によって、生命は英知と冷静さを手にし、冷酷さと冷笑を覚えた。

 最後に、雷竜は雷、稲妻を司り、この世に電気をもたらした。

雷竜の誕生と共に、発明と革命の概念が生まれ―――裁きと罪が生を成す。

 六匹の竜は、縄張り意識が強く、互いに争い合った。

さも、親から続く戦争の意思を継いだかの如く。

 だが、その力は拮抗しており、決着はつかず長引いていった。

戦の挙句、竜達の体から剥がれ落ちた魔力の籠った肉片は、小さな独自の生命を誕生させる。

 誕生した生命達は、半透明で液状に近しい外見ながらほぼ全能に等しい力、脅威度を持っておりながら、竜には遠く及ばなかった。

後に『魔族』『神』『天使』と呼ばれるようになるものである。

 争いに明け暮れる竜達の戦に巻き込まれるのを恐れた生命達は、自身たちにとっての楽園を求めて分散していった。

一方は、天界へ。

一方は、魔界へ。

そして、残された地上界の生命達は宇宙へと。

ごく一部の生命は、地球に残り―――自身らを生み出した竜達へ信仰を捧げるようになった。

 信仰の果てに、魔力を使い、生贄として生命達はその体を植物へと姿を変える。

竜達の、寝床としての役割を担うようになったのである。

 多大なる犠牲を出しつつも、懸命に植物以外の道を選んだ生命は、天界の生命達と共に文明を築き上げる。

天界の生命達は動物や、人間を地上に放ち、地上の生命達もそれに応じて人間や動物へと変化して。

 動物達や、人間達が竜達の間で知らぬうちに繁栄していくと、竜達は争う事を止め、眠りにつく。

後に、分断されることとなるプレートの奥底で。

 竜達が眠りについた事で、プレートに衝撃が加わり、大地震が発生した。

大地震によってプレートごと粉砕された大陸が分かたれ、一つの大大陸に居た人類や動物達は離れていく。

 大陸が離れた事で千年の間に、人類も動物達にも変化が訪れる事となった。

姿と、文化の違いという認識の概念である。

大陸が一つだった頃、文化の違いと言語に違いは無く、姿の違いは外見上のものだけだった。

真なる『違い』という認識の概念の自然発生によって、地球の全生命体はそれによる嫌悪感と憎悪を抱くようになる。

 それが、互いに壁を築くこととなった。

それぞれの居る大陸に対応した竜のみを信仰するようになり、それ以外の竜は敵だと認識するようになったのである。

また、互いに外見の違う種族と交わる事を恐れるようにもなり、同様に姿が違えば―――利益をもたらす者だという事を示さない限りは近づく事すらできなくなった。

これが、真なる創世の記憶――。 

 この創世記を記したのは、魔術師の権威たる『全テノ禁忌ヲ覗キ視シモノ』、デモニルス・クロウズ・シャルハルトルである。

デモニルス歴一六八〇年に過去視の魔術を使い、その生涯を犠牲に書き記し伝えた神話。

その神話は、竜教の聖典に全て引用され、属性魔術の基礎知識として多くの魔導書にも書かれる事となる。

世界の歴史を知る上での、最重要文献として、後世の人々に重宝された。

 デモニルスは、魔術師の中では異端そのものだった。

破格の魔力を持ち生まれ、己の無限の想像力で数々の魔術を編み出していった。

魔術師として生を受けたものであれば、誰もが羨望と妬みを抱くような人物。
 
 しかし、デモニルスが死したのは、齢二十五歳という若年。

二十五歳に著した手記を最期の著書とし、息を引き取ったのである。

 このような自殺に等しい行為を、何故積極的に行ったのかについては、デモニルス歴の人間達の間での尽きぬ話題だった。

気が触れたとも、自らに課した実験だったとも。

死人に口なし、今や大衆にはその真実にはたどり着けぬのである。

 だが、明確な理由は一部の魔術師が知っていた。

知らざるを、得なかったのである。

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